「だあああ!この間と配置がちがーう!」
 秋が絶叫した。現在位置、六階東エレベーター前である。
「……困りましたね、友典さんを連れてくればよかったかしら」
 由乃が考え込む。銀の巨犬が、かりかりと床を引っかいた。
「はい?」
 振り向く由乃の前に、先ほど姿を現して忠告して以来見えなくなっていた兄がまた出てきていた。
『得意なんだから、勘を使え、勘を。ここは前とは変わった、記憶は無効だぞ』
 いいところに出てきて、ちょうどポイントを押さえた指示をしてくれる兄。こう言うと物みたいだが、まさしく『これは便利』である。
「勘……ですか?」
『霊感だ』
 得意だろう?
 至って簡潔に指示だけをするところを見ると、本人も甘やかしすぎを警戒しているのかもしれない。
「霊感……」
 由乃は目を閉じ、瞬間はっきりと眼前に流れるエネルギーの流れを視てはっとした。
「これは……」
 上はどこまで行っているのかわからない。しかし下にならば、その限界が辿れるような気がする。
「……下……こことは逆の側、……四階!秋さん、行きましょう!」
 銀の巨犬が二人の足元を攫うように疾駆する。その凄まじい勢いに振り落とされかけながら、どうにか秋はその意外なほどかわいらしい手触りにしがみついた。

「本当に思い通りにならないと思う?」
「……何ですって?」
「夢を見ているのはこのぼくで、あなたたちじゃない」
 ――奏流は言うなり、志津馬に向かって一歩を踏み出す。警戒して志津馬が下がるのを見て、少年はどんどん歩を進めた。
「……ましてやここは、ぼくがいる場所」
 ついに上げられた双眸が志津馬を見据え、瞬間、
「――っ」
 強烈に殴りつけられたような衝撃と強い眩暈を同時に覚え、志津馬は思わず壁に手をついた。
「ほら……少しやりにくいけど、大したことじゃない」
「……君がやっていたんですか!?」
 長らく不調だったのは、自分という存在が薄まり始めているからではなく……!?
「そう、それもある。あなたは油断していたね。だけどあの部屋も、ぼくの夢の中」
 静かな口調が全く変わらないことに、志津馬は恐怖を覚えた。遊帆に呼びかけるが既に通信が途絶えているのか何も聞こえない。
「……出て行け。勝手なことをするな。今すぐぼくの夢から出て行け!」
 叫んだ、まさにその時。
「あ、いたっ!」
 ついに秋と由乃が、その場に到着した。

      *      *      *

「おい!志津馬!?志津馬!」
 [STEB‐SOUL]の操作盤に向かっている遊帆は声を限りに怒鳴る。声は周囲に響くかもしれないが、ちょっとこの状況下では構っていられない。
 違うのだ、通信は途絶えてなどいない。確かにこちらには通信が入っているし、向こうに送った音だって響いているはずなのだ。聞こえていないと言うことは、「届いている」というデータ自体が偽のものであるか、それとも志津馬の方に問題があって聞こえていないかどちらかである。
 しかし結局制御は全くできていない。唯一安全と思った――そして、現にそうなるようにセッティングした――結城本社ビルでさえ、奏流の支配下に置かれている。
 彼は柄にもなく、機械の恐ろしさなどと言うものに思いを馳せてしまった。現実逃避といわれても否定ができない。
「くっそぉ、どうすればいいんだよっ」
 呻いて遊帆は操作盤に突っ伏した。

「……ったっ」
 また保幸が顔をしかめる。
「兄さん、早くどうにかしてよ?これ結構疲れるんだ」
 文句を言うのは保幸の場合、まるきり余裕のない証拠である。
「……もう少しかかる、保たないようなら少しの間僕がやろうか」
「いや……難しいから無理だと思う。なるべく早く終わらせてよ?」
 保幸は三度目の精神集中に入った。秀一は画面を熱心に見つめる。
 その後に起こったことに、不謹慎と知りつつも彼は、つい笑ってしまった。

      *      *      *

「全く、途中で作戦変更なんてするから信じられない遠回りだ」
 結城本社ビルはさっきからすぐ近くに見えているのに、民家が邪魔ですぐには近づけない。自分も、後を追う友典、英晴、一粋も、夢の中である以上自分自身が「疲れた」と思い込んでしまいさえしなければ疲労しないはずだからさほど問題ないのだが。
「……ん?」
 ちらりと振り返ると友典が英晴を担ぎ上げていた。
「……は?」
 一粋は遅れてはいるが、意地で「走れる!」と思い込んででもいるのだろう、それなりに順調についてきている。
 そして、友典は英晴を振りかぶって・・・・・・
「――投げた・・・ああぁぁっ!?」
 思いもよらない『爆弾』に、さすがに驚いて秀一は叫んだ。しかし叫んだ一瞬後、あまりに癪だったので一人唇を噛む。
(……僕が驚く側だなんて、立場が逆だ!)
 思っているうちに英晴が落ちてくる。落下位置を避けて動いたが、うまく塀を蹴って狙ってくるのには閉口した。
(――急ぎたいのに!)
 急がせてくれない。状況が許さない。
(……厄介だぞ、おい)
 思わず苦笑しながら、まただいぶ近くなった結城本社への道を秀一は急いだ。

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