『――おい『僕』、聞こえるかい?状況が変わった。僕は志津馬につく』
「何だって!?どういう風の吹き回しなんだ……?」
『そちらの世界では奏流の力が強大すぎるんだ。志津馬にとっては不利な状況なんだよ。中からもわかるかどうかは知らないが……』
 こっそりそんなやり取りを交わしながら、志津馬の皮を被った『内部』の秀一は竹の一本によじ登り、そのしなりを利用して横の民家の塀を飛び越え、竹林の先に行く道に降り立った。
「で――何か僕がしなくてはならないことは?」
『……それが問題だ。決着がついてすぐにこの世界が崩壊する可能性がある。それを考えると分断されているのはいかにもまずい。志津馬のサポートは保幸がやってくれてはいるが、やはり奏流のフィールドの中だけにそれも厳しいらしいからね』
「……わかった、仕方ないね。行き先は――」
『結城本社、だ』
「了解」
 頭の中に直接送り届けられてくる声には多少の焦りもあったが、それ以上に予想しない状況にスリルと喜びを感じているのが伝わってきた。全く困った性格をしている、と思い、しかしそれをモデルに――というかそのコピーとして自分が創られたと思うとやや複雑な気分にもなる。
「とりあえず、竹林をどけてくれないかな」
『……勿体ないな……ああ、いや、ちょっと待ってくれ』
 いや別に勿体なくないよ。
 一瞬『外部』の自分に突っ込みたくなったが、時間の浪費だと気づいてやめる。
 やがて竹がしゅるるるる、とばかりに竹の子に戻っていき、土の中に引っ込んだ。その向こうで友典たちが呆気に取られているのが見えるが気にしている場合ではない。
「……こっちですよ」
 再び走り出す。
 目的地は――結城本社ビル。

 結城本社ビル四階、西エレベーター前廊下。
 そこで、奏流は志津馬に追いついた。
 不自然に改造された黒い結城ビルの内部は、この最終段階のために整えて元と同じ配置にしてある。一階〜三階は吹き抜けのホールと事務所、この階から大体十二階までが研究所。それ以上はほとんどが結城家のプライベート、というなかなか不思議な構成をそのまま模倣しているのだ。
 そして四階という階には、[STEB‐SOUL]が置かれている。
「……やあ、来ましたね。『奏流』」
 わずかに額に汗しながら、志津馬は言う。走りつづけたこともあるが、どちらかと言うと緊張による汗だ。
「友典くんたちは連れてこなくて良かったんですか?」
「……いないほうが都合がいい、のはぼくもあなたも同じはず」
 見透かされていることに、少し志津馬は驚く。
(……人間らしくなってますね)
 しかし――いくら完成度が高くとも、このような状況を招いてしまうものでは仕方がない。
「その様子だと用件はわかってるんですね?」
「……ぼくを消しに来た」
 志津馬の目線を避けるようにそらされた少年の瞳は暗く沈んでいる。
 どこか覚悟を決めたようで、しかしその覚悟の中心が存在しないような、奇妙な目だった。
「そうです。……君は人を取り込み、開放させないようにしようとした。残念ながら――そのまま、放置するわけには行かないんです」
 志津馬は気づかない。まだ気づかない。
 そこまで思い切ってしまえる原因、その根底にある感情は何なのか。
「……君は罠に踏み込みました。このビルの中は君の思う通りにはなりません」
 そう聞かされても奏流の瞳は揺れもしない。
 ただ暗く、深く。
 どこか悲しみを含んで、志津馬から目を逸らし続けるばかり。
 
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