……体調は、あまり悪くはない。先ほど部屋にいたときよりよっぽど楽になっている。
 何が起こったのか知らないが、わき道にそれるなり友典たちが直進して行ったのがわかった。好都合だ。奏流まで一緒に行ったような気もしたが、恐らくすぐに気づいてこちらに来るだろう、問題ない。
『おい、どうだ調子は?』
「良好です。……後続がいなくなりましたよ」
『ああ、なんかこっちからはよく見えないんだが、何かを追いかけて……何だありゃ!?』
 耳元に直接響く遊帆の声が大きく揺れた。
「一体何……」
 問いながら振り返って、絶句する。
「……ち、竹林!?」
 何でこんなところに竹林が。
 奏流が生やしたか?……いや、竹林なんて無関係極まりないもののデータは持たせていない。
 この世界そのものが不安定化しているのか?――ありうる、では尚更事を急がなくてはならない。
「奏流はどうしてます!?」
『気づいたようだ、今こっちに来るぞ!』
「了解です!」
 叫ぶと、志津馬はまた一心に走り出した。
 体がひどく軽い。不思議なほどに。
 それがよもや外部からの援助のためであろうとは、思いもしない志津馬であった。

 ――騙された。
 ――誰だろこれ。よくわかんない。
 ――本物は、どこ?
 ――……向こうだ。さっきちらっと見えたほう。
 ――追いかけなきゃ。追いかけなきゃ。
 ――人の都合で消されたりしてたまるもんか!
 奏流は目の前にいきなり出現した竹林を無視して右脇の家の塀を駆け上り、そのままの勢いで屋根に飛び乗った。
 音は立てない。友典も英晴も、気づきはしない。一粋はもう半ばばてている。
 そのまま屋根の上を飛んで――そう文字通り『飛んで』、奏流は真の製作者の元へ向かった。

      *      *      *
 
「ふふふふふ。やっぱり王道は『いきなり何かが生えてくる』ってところだろう」
 どう王道なんだか全く判らないが、至極楽しそうに秀一は笑う。その隣では保幸が精神を集中して、ひたすらに志津馬の絶えようとするエネルギーを補っている。
「……っ」
 一瞬その身体ががくりと揺れた。秀一は笑いを止め、保幸を見やって大丈夫かと問う。
「うん大丈夫……でも兄さん、これは『違う』よ」
 目を開けた保幸の表情は到底大丈夫とは見えない。額に汗が浮かんでいる。
「……辛ければ休んでもいいぞ」
「駄目だ、そんなことしたらこの人が消えてしまうよ」
 気遣う言葉を遮って、保幸は語気強く言った。
「この幽霊は確かに自然に、霊力不足で消えようともしてる……でもそれだけじゃない、どこかから干渉されてエネルギー供給を断たれてるんだよ。今だって狙ったように、目標の周りだけエネルギーの密度が薄くなった……今止めたらすぐにも、この人は消える、消されてしまうんだ」
「……!」
 てっきり霊的エネルギーが不足しているだけかと思っていたが、そのエネルギーは不自然にどこかに奪われていると言うのだ。そう言えば[STEB‐SOUL]の設置場所はこの社内だ。このビルはわざわざ秀一自身が、地脈の上を狙って立てたものである。そこに霊的エネルギーが不足しているはずはない。
「――奏流か。いや、なかなか効率的に攻めてくるな……幽霊と言う理論、精神そのものの存在を機械が認めているということかな?」
 いや、無論そんな難しい考え方など奏流はしていないに違いない。ただ「こうすればこうなる」という公式を、どこかで手に入れてしまっただけのことなのだろう。しかし、これは誤算だった。
「参ったな。……本当に何でもできるわけだね」
 お手上げの姿勢を取りながらも、秀一の頭脳は次の手に向けて動いている。両方の邪魔をするなどと言っていられなくなって来てしまったかもしれない。
「癪だな。……こんなに面白い状況なのに、自由に動くわけにも行かないなんてね。しかしここで諦めたら、結城秀一の名が泣くよ」
 ……まあそれもどういう名前なんだか、かなり微妙なところだが。
「さて――ここからだ。保幸、持ちこたえろよ」
 不敵に笑って――
 秀一は桜都の操作盤に向かった。

      *      *      *

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