*      *      *

「まだ迷っているのかい」
 鏡に映った像のようにも見える画面の中の自分に、結城秀一は話し掛ける。
『……迷わないと思うかい』
 そっくりな口調で、彼は返答を返してきた。
「そうだね、少なくとも僕には、それほど悩むこととは思われないな。答えは明快だ、そうじゃないかい?」
『……一体、どこをどうしたらそうなるんだい?』
 考え込んだままのその返事に、外部の秀一はおや、と首をかしげる。
「君は僕によく似ていると思ったが、意外なところに差があるね。よもやこれほど明白な答えに気づかないとは――」
『そうはいうがね、これは大変なジレンマだ。創造者の側に付いて彼らを救うか、それともその心情を理解できてしまった夢の主に付いて彼らを取り込んだままにするか――まあ、君はそれほど切実に奏流の心情を理解できているわけでもないから、迷わないかもしれないが』
 考え込んだ自分の顔を前にして、秀一は鼻で笑った。
『……何がおかしい?』
「関係のないことを考えているからだ。いいかい、どっちについても後悔する――そんなことは問題じゃないんだよ」
『ふん?――じゃあ何を……』
 内部の秀一の言葉に被せるように、秀一は畳み掛けた。
「どちらにつけば事態がより面白くなるか?――僕が考えねばならないのはそれだけだ。無論ある程度の安全は確保しないといけない、犯罪者になるのは……経験はしてみたいが、面倒だからね」
 すれすれの事は割にしょっちゅうやっているけどね。
 言って画面を覗き込み、やや頓狂な表情になった相手の顔を見てにやりと笑った。
「だからこの場合、選択は一つだ。いや、二つかな?」
 創造者=志津馬と遊帆につけば機械とはいえ楽しませてくれた奏流の命が失われる。さりとて奏流につけば、弟以下五人が永久に目覚められない。迷うならば選択は一つ、即ち。
「――両方につく、ないしはどちらにもつかない」
 画面の中で、内部の秀一ががたんと椅子を揺らした。
『……それは……』
「二進法の世界で動いている機械じゃ思いつかないかな?しかし人間には、こういう選択もありうるわけだ。両方を平等に邪魔し、助けるって選択がね」
『……なるほど、なかなか度肝を抜いてくれるね――さすがに僕であるだけのことはあるな。しかしそう馬鹿にしないで欲しい、機械だからって訳じゃない……僕の創造主プログラマーが思いつかなかっただけのことさ』
 強がりではない。今それを『学んだ』以上、次から彼はそれを選択肢に入れて行動することができるようになったのだ。機械がその思考を理解できないと言うわけでは、決してない。
「……まあ、助けるのは柄じゃないな。邪魔するほうか」
 今回僕はそのスタンスで動くが、君のほうはどうする?
 秀一は、内部の秀一に問い掛けた。
『そうか、君がその選択をするなら、僕は――』
 耳を画面に寄せさせ、囁いて。
 二人の秀一は、不敵に笑みを交わした。

      *      *      *

 午前――九時半。
 まもなく、約束の時刻である。
 友典と英晴は落ち着かなさそうに窓の外を眺めているし、一粋と秋はいつに無くぴりぴりとした雰囲気を漂わせて宙を見つめている。由乃はといえば、準備があると言って一人外出していた。奏流は誰も構ってくれないのに退屈したか、庭の木に登っている。
「――ただいま帰りました」
 由乃がドアを開けると、全員が一斉に振り返った。
「……何だ」
 視線がいっせいに集中したのが気に食わなかったのか、由乃の後ろにいた茶色い着流しの青年が鼻を鳴らして言った。
「……誰だそれ?」
「知り合いです。……頼りになりますよ」
 由乃と彼――言うまでもなく、銀の巨犬・月藻の変化した姿――の間から、赤い和服の少女が姿を見せる。
「あー、火奈ちゃんやないか!」
 一粋の上げた声に火奈はびくっと竦んで由乃の袖を引っ張った。
「火奈ちゃん、失礼ですよ。ちゃんと知ってる人なんだからご挨拶しなくちゃ駄目でしょう」
 一対一のときとはずいぶん態度が違うものだ――知ってはいたが、一粋はさすがに苦笑した。しかし、
「……一粋おじさん、こんにちは」
「違ーう!俺はおじさんちゃうねんっ!!」
 ぼそぼそと火奈が言った言葉に、一粋は思いっきり突っ込んだ。
「だって。……白髪」
 またもやぼそりと、火奈が呟く。何となく化けの皮がはがれ始めているようだ。
「うっ……!そ、そんなこと言うなんておじさん悲しいわぁ〜、って自分でおじさんゆうてどうすんねんっ!」
 ……一粋はボケと突っ込みを一人でやってのけた。周囲の緊張はしかし、崩れるどころか余計に高まってしまう。
「そうですねぇ、自分で言っちゃ……」
 苦笑しながら答えた由乃だけが、いつも通りの雰囲気を保っていた。
「ご紹介しておきますね。月藻さんと火奈ちゃんです」
 月藻のむっつりした顔と火奈の気を張った表情は、にっこり笑った由乃と対照的である。却って警戒心を招きそうだ。
 それには気づきもせず、由乃は思う。
(――この追いかけっこに勝つことで、本当の問題が解決するとは思えませんが)
 それでも十分に、この二人がいれば助けになる。由乃はそう確信していた。
 由乃と二人がソファーに掛けると、奏流が外から帰ってきて同じソファーに乗った。月藻と火奈が窮屈そうに身じろぎしたので、由乃は奏流を手招きして膝に乗せてやる。火奈が物凄い目で奏流を睨んでいる気もするが、まあ気にせずにおこう。
「……もうすぐ、ですね」
 何気なく囁くと周囲の緊張がひときわ強く感じられる。鼓動がわずかに早まる。表情こそ平静を装ってはいるが、由乃だって緊張はしている。
 そして、彼女はすぐに、その緊張のせいか少々失敗したことに気づいた。自分でやっておいてなんだが、奏流が膝の上にいるのでは秋を呼んで今後のことを話し合うわけにも行かない。
(――困りましたね)
 そう思っている間にも時計の針は無情に進み、十時まで後五分、という時間になった。
 待ちきれずに英晴が外に飛び出す。いつもならそれにくっついていくはずの奏流はまだ由乃の膝の上だ。
(――知っている)
 これが最後になるかもしれないことを。そして――恐らくは由乃こそが、それをしようとしていると言うことも。
(でも……すみませんが、わたしはあなたの思うようにはできません)
 午前十時まで、後三分。

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