十一、
一生懸命に
生きてく
明日
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(――とうとう、こんな事態になってしまったな)
出入り口のない、機械ばかりの部屋で、志津馬は一人ごちた。
まもなく帰国する予定の遊帆が、外部から彼を支援する――その操作のためのプログラムはすでに完成している。手が空いた彼はこの部屋に篭って、最後の物思いに
耽っているところなのだ。
(……『奏流』……)
[STEB‐SOUL]、即ち『奏流』。
彼がその短い生涯のほとんどを掛けてようやく完成させた、『自ら思考する電子頭脳』――Self Think Erectoronic Brain。
最初にこれを創ろうと考え始めたのは、いつのことだったか――?
幼き日に親を飛行機事故で亡くして養い親に預けられた。そして養い親が養い親だったせいだろう――
篠崎惣太郎と言って、スーパーコンピュータ開発の世界的権威である――、その頃からずっと機械に囲まれて生きてきた。今から思えば恵まれていた、とも言える。
(そう、あの頃だ)
養父である惣太郎は忙しくて、気にはしていたもののろくに構ってはくれなかったし、結婚していた訳でもなかったので――そんな人間が養い親になったのは、ひとえに親の知人だったためである――、いつも志津馬はひとりでパソコンと遊んでいた。
学校に行くことは自分から拒否した。必要な知識はほとんど家に書物の形をして揃っていたし本を読むことは好きだったから、学校で教えられる知識は必要なかったのだ。彼にとってはいささか低レベルでもあった。
コンピュータネットワークに関しても、それがまだインターネットと呼ばれて一般にもてはやされ始める遥か以前から参加し続けていた。
そうだ、この夢が始まったのはあの時。
画面に浮かび上がった一文。誰かから誰かに向けられた皮肉。
――「ずいぶん冷静に計算してますねえ、本当はあなた機械なんじゃないの?」
無論、発言者とて本気で言った訳ではなかったはずである。しかし彼の思考はそこから、思いも寄らない飛躍を遂げてしまったのだ。
(『こうして話している相手が、もしも機械だったら』――か)
もしも。もしも、人間相手と区別がつかないほど適確に答えを返すコンピュータがあったなら……!?
実現は困難と思われた。しかし彼の養父と、その知人であるところの脳神経学者がその基礎理論を共同で研究していると知り、彼の思いは一挙に膨れ上がったのだ。
入室の許可をもらい、話を聞きながら志津馬は独自の理論を組み上げていった。
人間の神経細胞の働きを、どうやって表そうか?――それだけの機能を持ったICチップの開発は不可能だろうか?
人間の思考の曖昧さを再現するには何がいるだろう?――ランダムに伝導率が変わるジェルを開発すればいいのではないか?
そうして、養父からも研究を引き継いだ彼は、ついに自ら[STEB]の開発に着手したのだ。
最初は大変だった。考え付くことはできても、そう簡単には実現できない部品の数々。考えてみれば感覚器を持たない脳など人間と同じように動くはずもないから、それを解決するためにもさらに多くの部品が必要になった。そんな訳で莫大だったはずの研究資金はあっという間に底を尽き、やむなく彼は〈それ〉をゲーム機に偽装して結城コーポレーションに乗り込んだのだ。
やっとの思いで試作品を完成させたところで、事故に遭って。
(――!)
一瞬その衝撃を思い出して身震いする。幽霊になった今でも、いや一度死を体験したからこそ、あの衝撃は恐ろしかった。
(――そう、文字通り、命を懸けてようやく創り上げたんじゃないか)
彼はどこか自身に言い聞かせるように、思う。
(それに、あれは――[STEB]は、予想通り人間と同じように学習能力まで持ったんだ)
理想どおりのコンピューター。ただ反乱さえ起こさなければ。
壊さなければならなくなることなど、なかったのに。
どうしようもなく悲しく、悔しい、しかしその裏で、
(――――どうして僕は、こんなに落ち着いている?)
志津馬は自分の中のどこかに、ひどく醒めた部分があることに気づいていた。
醒めた部分――いや、違うのかもしれない、感情のベクトルが正反対に向いている部分だろうか――が、確かにある。
(一体、何だって言うんだ――?)
訳のわからない感情を持て余しながら、志津馬はまた、物思いに沈んでいった。
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