――結城本社ビルの敷地内に、大きな樹が生えている。それは明らかに邪魔な位置にあるにもかかわらず秀一の鶴の一声でそのまま残されることになったものだ。無論根拠もなくそんなことをするはずもないから、恐らく何か『重要なもの』がそこにはあったのだろう。
 その樹の中央部よりやや左寄り、最も濃く葉が茂った部分で、何かがごそごそ、と動いた。
「――痛っ」
 かすかな悲鳴とともに動きが止まる。
「……あ、折れてるな」
 こんなところまでリアルに再現されなくたっていいのに――ぼやきながら彼は、不安定な体勢をどうにか立て直した。もっとも、本当にリアルに再現されているのなら彼はとうに死んでいる。そうならなかったのは彼自身がこれを『真の現実』ではないと知っていて、かつ外部からの協力者を得ていたためだ。
『――大見得を切った割には、無様な格好だけどね』
 くすくす、という笑いを含んだ声が聞こえた。文字通り、彼にだけ。
「――それくらいどうと言うことはないさ。どうせ、こうなる前の僕のデータは桜都が覚えているんだろう?」
 にやり、と、至極彼に似合った笑みを見せながら問う。
『……これだから自分相手は、やりにくくて嫌だね。その通り、こちら・・・でも問題なく動けるようバックアップしているよ』
「やはりね。しかしありがとう――これで自由に動ける」
 奏流は恐らく、秀一が死んだと思ったはずだ。彼に死の概念があるかどうかは疑問だったが、恐らく友典を助けたことから見て、『取り返しのつかないもの』があるとは気づいたはず。生き延びてももはや、秀一は奏流の目には留まらない……。
 創造主の視野から逃れた、者。支配を受けない被創造者。
『しかし、それで満足するほど君――いや、僕と言うべきか?――は無欲ではないだろう?人の裏をかいて遊びたいというのは、僕たちの普遍の欲求なんじゃないかな?』
「……おいおい、勘弁してほしいな」
 言いながらも彼の目は、もう先を見ている。
「だけど……。協力――してくれるのかい?」
『面白いことがあるのなら、何にでも』
 お互いの表情がはっきり想像できる。どちらも楽しくてしかたがなく、それでもどこか冷静に事態を見つめて隙あらばより面白い状況を作り出そうとしている――そういう、表情。
「……やれやれ」
『?』
「――休めるのはいつになるのやら」
 お手上げ、というポーズをとって――秀一の姿は、ほのかな桜色の光に包まれ、その世界から消え失せた。

 その日の夕方。
 友典邸の郵便受けに、虚空から現れた手紙が放り込まれた。
「ん?今なんか音しなかったか?」
 耳のいい英晴が言うと、
「あ、ぼく取りに行く」
 奏流が嬉々としてソファから立ち上がった。友典も英晴も、一粋も気づかない。誰も『郵便が来た』などとは言っていないことに。
「……なんかまた状況が動きそうね」
 最近忙しいったらないわ。
 秋のぼやきに由乃が苦笑した。
「しかたありませんよ。……時間がないのを、誰もが知っているんですから」
 わたしたちだって、このままの状態で長くはいられないんですよ。
 ――いつまでも夢を見つづけてやりたい気はするけれど。
「そうよねえ……」
 向こうのほうで一粋が、「女の会話はようわからん」とばかりに頭を掻いた。それは確かにそうなのだろうが、この状況では少々意味が違う。
「……藤四郎からだ……」
 戻ってきた奏流から封筒を受け取って、友典が驚きの声を漏らす。
「……何ですって?」
 秋と由乃が駆け寄り、全員が覗き込む中で、友典はゆっくりと封筒を開けた。すると、
「……また、封筒」
「いや、何か書いてあるで」 
 ――挑戦状。
 そう書かれた白い封筒が出てきた。
「は?挑戦状……?」
 一瞬、誰もが呆気に取られる中で、ただ一人奏流の目がわずかに細められたことに気づいたのはただ由乃だけだった。
 英晴が、読み上げる。
「『お久しぶりです、いかがお過ごしでしょうか。
 最近頻発しているいくつもの奇妙な事件のほとんどは、ぼくが起こしたものです。
 ですが、そろそろ決着を着けたく思います。
 明日、午前十時から午後二時の四時間の間に、街のどこかにいるぼくを捕まえてください。
 捕まればぼくは負けを認め、今後一切あなた方に手出しはしないことをお約束します。
 どうぞ参加してくださいますようお願い申し上げます。』」
 限りなく唐突なそれは、しかし故にこそ急を告げる手紙だった――。

To be concluded(後一回)   


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