「……さて、これでここには僕たちだけとなったわけだ。巻き込むのは気の毒だからね。女性陣には退いてもらった」
幾分か顔を伏せ気味にして、上目遣いに友典たちを見上げながら、秀一はゆっくりと言った。
「『何に』巻き込むって言うんだ?」
「爆発さ。やはり悪役の美学と言うのは、最後に自爆してこそだと思わないか?」
普通は思わないんじゃないかと思うが。
「……と言うわけで、窓際にいくつか爆弾を仕掛けてみた。ビルそのものが崩れるほど強烈じゃないし、この部屋の周囲の鉄筋はきわめて頑丈だから、外の二人に害は及ばない。まあ、君たちには覚悟を決めてもらうしかないだろう」
しゃあしゃあと言ってのける秀一に友典はずかずかと近づいていき、
「……今日と言う今日は手加減しないぞ」
「ああ、やってごらん」
余裕の返事に飛んだ鉄拳はしかし、やすやすと躱されていた。秀一も友典と同じく、護身術を学びながら育ってきたのである。
「……そう容易く当てられると思ってもらっちゃ困るな。経験に乏しいとはいえ一応僕は君の兄弟子と言うことだからね」
しかし――戦場では経験の差が物を言うのである。ここは戦場でも何でもないが。
「おい英晴、一粋!今のうちに壁を探せ!動きは僕が止めておく!」
「仲間思いのいい弟に育ったものだなぁ」
秀一はしかし、避けはするものの攻撃に転じることがない。頭に血が上った友典も、さすがに少しいぶかしく思い始めたようである。
「……手を出さないのか」
「本命はこっちだからね」
右手と左手の両方に、おかしな線がつながった近未来的なデザインの指輪――いや、その形をした何かの機械がはめられている。左手の線は服の内側を通し床に至って壁の方へ流れ、そして、右手の方は。
「……!」
驚愕の表情を浮かべた友典に、秀一はわずかに困ったような、それでもなお不敵さを失わない笑いを向けた。
「……『これ』しか思い浮かばなかったのさ」
手段が、ね。
「みんな、離れろっ……!」
「大変……!ちょっと待ってよもう!何よそれ!」
「大変なことになってますね……!開けますよ!」
「うん!だってあたし――あたし、誰も、誰にも死んでほしくないもの!」
言うなり秋は。
「――はあぁっ!」
蹴りでドアを室内に叩き込んだ。
「……」
そりゃあ、由乃だって絶句する。
だが絶句したのは中の男たちも同じで、そしてその結果――
「一粋、英晴、壁から離れろ!」
言うなり友典は、自分の体ごと秀一を窓の外へ、
「――きゃあああああああっ!」
叫んだのはもちろんどちらでもない。秋だった。
「友典さん……!?」
衝撃的なシーンに出会って思わず駆け寄ろうとする二人を、
「待ちや!危ない!」
一粋と英晴が止めた。見ているうちに窓近辺の壁が爆発する。
「と、友典は……!?」
……窓に駆け寄る途中、窓の向こうからもう一度爆音が聞こえた。炎が吹き上がるのを全員が確認した。
「……!」
これ以上ないというほどに目を見開いて、全員がその場で立ち尽くした。
落下が始まったとき、秀一は目を開けていた。
わけのわからない状況になってしまった。これはちょっと予想外だった。まさか友典が自分ごと窓の外に飛び出すとは。
すぐに左手の線が長さの限界を迎えて切れた。部屋のほうで爆発が起き、いくぶんか爆風に流された。一緒に宙を漂っている友典はきっちり目を閉じている。死なせるのは本意ではないのだが、こんな状態で生き残れるだろうか。
ああ、そうだと気づいて、右手からつながった爆弾を外す。いくらか立ち上がったマントの襟と、マント本体の間。帯状の爆弾。
(……無論、僕だってそう容易く消えるつもりはない――)
それを投げ上げて、線を、引っこ抜く。耳を押さえる暇もなく凄まじい轟音が鳴り響き、さすがに一瞬朦朧となった。
――だが、爆風が。
(――友典……!?)
弟が。
あの、頭はよいくせに引っかかりやすくて、抜けていて、からかい甲斐のある弟が。
道路のほうに流されて……!
(起きろ!気づけ!どうにかしろ!)
手が届かないところのものに対しては、祈ることしかできない。
(……早く!)
そのときまた、視線を感じた。
向こうのほうで友典の落下速度が明らかに緩むのが見えた。
(……よし、それでいい……)
が、しかし、その時点ではもはや自分のほうが手遅れになりかかっていた。ただでさえ真上での爆発のせいで、落下速度が上がっている。
(ああ。終わりか?……馬鹿みたいだな)
『――僕の桜都を道連れにしないでくれたまえ。ちゃんと面と向かって返してもらわないと返したと認めないよ!』
脳裏に響いたのは無論自分と同じ声だった。
「諦めるなと言いたいのかい?」
『いや、勘違いしないでくれ。君にはまだ利用価値がある』
なるほど――全く、僕が言いそうなことだ。
秀一は苦笑し、そして全力で、辛うじて届く距離にあったビルの壁を蹴った。
真下に盛り上がった、大きな樹が見えた。
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