あまり知るものは多くない事実である。友典は、たかだか一匹や二匹の猫でも卒倒するほどの猫嫌い……否、これはもう嫌いなどと言うレベルではない。猫恐怖症と言った方が適当だろう……なのだった。その原因となった事件が恐らく室内では再現されていたのだ、と英晴は思う。彼があの時聞いた音は、「にゃあおぅ」「ふみゃぁ〜」という多数の猫の鳴き声と、幼少時の友典の、既に悲鳴ともならないほど微かな悲鳴だったからだ。
 かつて友典自身が、口にするだけで真っ青になりながら語ったところによると、かつて猫好きの知人のところを一家で訪ねた際に、彼にかけられていた香水に猫が惹かれたらしく、数十匹の猫に一度にのしかかられるという体験をしたせいらしい。その頃から既に修めていたはずの護身術も、人間でないものに対して応用するのは困難でまるっきり効果がなかったと言うから、その恐怖は察して余りある。
「……とにかく、これじゃしばらく起きないからどこかに運ぼう」
 英晴は言った。
「……あれ?英晴なら活入れるとかできるんじゃないの?」
「いや、できるんだけどさ。こいつ寝起き悪いし……それに、うなされてるようなら起こした方がいいけど、別にそうでもないだろ」
 実際苦しんでいるかどうかはわからないが、少なくとも寝顔――という表現が適当かどうかは定かでない――は安らかだ。寝かしておいても大丈夫だろう。
「よし、じゃ、居間に運ぼうか」
 居間の位置のドアをあけて本当にそこに居間があると言う保証は全くないのだが。
「友典どうしたの?フリーズ・・・・?」
 奏流が猫を抱いたまま――室内の幻は消えたのに、何故かこれ一匹だけは消えていない――、きょとんと首を傾げた。
「は?『ふりーず』?」
 機械に疎い英晴は首を傾げ返す羽目になる。
「あははは、奏流、人間のこういうのはフリーズっては言わないのよ。気絶とかそういう風に言うの。……それにしても難しい言葉知ってるのね……」
 言いながら秋ははっとした。奏流は何故この状況下でこの単語を使ったのだろう?気絶という概念がなかったということではないか?
 だとしたら……奏流はかなり特殊な環境で育ってきたことになる。いや、あるいはもっと別の可能性も考え得るのでは――。
「……秋、なあ秋、ふりーずってなんだよ」
「え?……ああ、機械、特にコンピュータなんかが突然止まっちゃうときとかにいうんだけど」
 これはもう一度しっかり時間を掛けて考え直してみる必要がありそうだ。秋はそう思い、そしてふと我にかえって友典を運ぼうとしている英晴に手を貸した。
 その後ろで、奏流が猫を床に放し、その途端にさながら支えを失ったように一瞬で猫が消滅した……それを見ていたものは、なかった。

      *      *      *

 そして。
 結城家の四男である友典の家に向かえと命じられた、数人の電気電子部門のスタッフたちは。
「……な、何だこれは……!?」
 各個室で全く普通に眠っているかのように横たわる五人の姿と、その周辺に所狭しと並べられた生命維持用らしき医療器具の数々、そして――
「――インターフェイス……?」
 彼らの頭部に取り付けられた、近未来的なデザインの――しかしどうしてか、どこかで見たような気もするそれを目にしたのであった――。

To be continued   


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