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突然、強烈な眩暈がした。
やはり、直接外部に物理力を行使するほどの力はなかったか、と、機械の壁に寄りかかりながら藤四郎は思う。
もともとこの場所では自分の状態があまり良くないことには気づいていた。普通にしていれば平気だが、少し無理をすると直接的に影響が出る。今の自分は幽霊のようなもの――あるいは幽霊そのものだから、恐らくこのように外部から遮断された世界にいるのはよくないのだろう。……その原因が実はもっと別のところにあることには、彼はまだ気づいていなかった。
壁に縋ったまま、しばらく操作を放棄していた[STEB‐SOUL]のメイン
操作卓に向かう。
「まだ……ここで、止める、訳には」
そうだ。まだ実験は完了していない。ここで止めたら全てが水の泡になる。これまで命をかけて、そして命を失ってまでも執着してきた一つの夢。叶えずに終わるわけには。
――しかし、既に彼という存在は、それほどの無理の利く状態ではなくなっていたのである。
「っ……」
段差もほとんどないはずの床で何故かつまづき、ごちゃごちゃと書類――否、設計図らしきものが置かれたテーブルに突っ込む。複雑な図の書かれた紙がその衝撃と風にひらひらと舞った。
(――消える)
自分はもう消えてしまう――脈絡もなく、そう思った。
(――嫌だ……!)
駄目だ、それだけは避けなくては……!
必死の祈りが届いたか、いつの間にか薄れかかっていた足元の輪郭が復活する。しかし意識を保つことまでは叶わず、彼はテーブルから滑り落ちかけたような不自然な姿勢で昏睡に落ちた。
室内には無機質な機械音だけが、響きつづけた。
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室内から、ごそごそと音がする。ドアに耳をくっつけて室内の様子を窺っていた奏流が、目をきらきらさせてそう三人に報告した。
(要はこいつ、何か新しいことが起こるのが楽しくてしょうがないんだな……)
英晴と友典は顔を見合わせて肩をすくめた。だが放っておくのもかわいそうなので、英晴は奏流に問い掛けてみる。
「そうか、どんな音がするんだ?」
「ごそごそって音がするよ」
それではわからないから聞いているのである。
仕方ないので英晴も同じようにして室内の様子を窺ってみた。
――ごそ。ごそごそ。ごそ、……ごそっ。
「確かにごそごそとしか聞こえないな」
何か、生き物みたいだ。英晴はそう報告する。奏流が大げさにばたばた体を動かして自己主張しながら言った。
「言ったじゃない、ぼく!」
「ああ、言った言った。偉いね、奏流……ところでどうする、開けてみるのかい?」
その奏流を軽くあしらって友典が問う。
「このままほっといても、何も状況進まないよ」
ちょっと悔しそうな奏流を、よしよし、と撫でながら秋が答えた。
「それもそうだね。……よし、じゃあ開けてみようか」
その友典の言葉の途中、まだ室内の様子を窺っていた――特に意味はなく、ただ単にドアから離れるタイミングを逸しただけだが――英晴は、
とある意味で非常に致命的な物音を聞いた。
「――ま、待て友典っ!開けるなっ」
慌てた制止はしかし既に遅く。
「……え?」
友典はもう、とっくにドアノブを掴んで思いっきり押してしまっており。
「い、今からでもいいから!そこからすぐに離れろよおまえはっ」
「……何が、一体……」
不可解そうな顔の友典の足元から、一匹の猫が顔を出した。その姿は非常に愛らしく、かつ長身の日本人離れした青年と子猫というその組み合わせは意外に絵になるものではあったのだが。
「……あー!」
今まで状況のわからなかった秋もようやく英晴の言わんとすることを理解した。確かに、
友典にとってこの状況は、
非常によろしくない。
「わぁ、猫だぁ」
奏流が嬉々として――本当に何でも楽しいらしい――、友典に、正確にはその足元に駆け寄る。
「……ね、こ……?」
友典の端正な顔からすうっと血が引いていった。
「友典ぃ、猫だよ」
奏流は事情を知らない。知らないから罪はないのだ。しかし、その言葉は致命的に過ぎた。
「……ねこ……」
ひゅっ、と呼吸音がしたかと思うと、友典の体が一気に傾いだ。
「あーあーあー、危ないっ」
英晴が慌てて友典を支えに走った。
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