一方、由乃と月藻――そして、ここには決しているはずのない人間だった来の方は、と言えば……。
「「……」」
由乃と月藻は、絶句したまま硬直してしまっていた。紛れもなく本物であることは二人とも理解していた。そう、目の前にいるのは確かに本物なのだが、だとしたら一体、何故……?
「……驚くのはわかるけど、何か言ってほしいな」
来は苦笑して後ろ手にドアを閉め、寄りかかった。
「せっかく出て来てるんだから、構ってくれたっていいじゃないか?」
「……に、――え、――そ、その」
何を言いかけたのやら、ずいぶん躊躇した後に由乃がようやくいくらか意味のある言葉を口にした。
「来兄さま……で、いらっしゃる、のですか?」
「見たらわかるだろう、由乃。おまえの霊感は衰えるどころか年々強くなってるらしいから」
しつこいようだが、由乃も月藻も目の前にいるのが作られたものではない『来』本人であることは理解しているのである。
しかし。
「……成仏なさったか、あの『塚』に『
禍神』と一緒に封印されたままなのだと思っていましたのに……」
……もはや、十年以上も前に、来は紛れもなく死んでいるはずだ。それも当時小学校三年生だった由乃を、悪しき神のもたらした災いから救わんとして。
「ああ。……八年くらいは封印の外に出られなかったからなぁ、気づかれなくても無理はないな」
来はどこか懐かしむように、空を見つめながら言う。
「お爺様もお婆様もずいぶん警戒していらっしゃったからだろうな、封印が強くてね。あの厄介な禍神をようやく分離したのに外に出られないし、人にも気づかれにくくなっていたんだ。毎年由乃が墓参りに来てくれているのは知っていたけど、あまりああいうところに来るのは感心しないな」
まあ言っても、おまえは聞きはしないんだろうけどね――。
来の苦笑が……その懐かしい面が、向けられる。
「……それに封印を抜け出してからは、どうにも気になってずっとおまえの側にいたよ」
「……え?」
由乃も月藻も唖然とする。そうだとすれば二人が気づかないはずはなかった。
「姿も気配も、わざと殺してたんだ。俺が側にいると知れば、おまえたちは成長できなくなるだろ。それじゃ、いつか俺がそうしていられなくなったときに不都合が起こるからな」
幸いにして来の気配は、既に常人ではどうやっても気づけないほどに薄くなっていた。隠すのは簡単だったのだ。
「もちろん見てるだけで、まったく触れ合えないのは辛かったけど……しかし、その甲斐はあったみたいじゃないか」
――あの頃のように人を頑なに拒むのではなくなって。
「安心したよ。俺がいなくてもちゃんと大きくなって。……いや、こういう言い方はちょっと偉そうかな?」
「……来兄さま……」
あくまであっけらかんと話し続ける兄に、言いたいことはたくさんあるのに。
「……兄、さま……」
思うように言葉が出てこない。
「……大丈夫だ……言わなくてもわかるから……」
来は由乃に歩みより、その白い着物姿の胸に由乃は顔を埋める。通り抜けてしまうかとも思ったが、その体にははっきりとした実体があった。死の少し前、由乃をしばしば抱き締めた、そのままの感触。
「ずっと……ずっと……!」
抑えていた感情が一気に溢れる。
由乃はまるで子供のように、懐かしい、そしてもっとも愛しい兄にしがみついて泣きじゃくった。
* * *
「見てろよ……!」
闘争心そのもののような表情で、嘉村青年は手元のノートPCに向かっていた。自分の考え得る限り全ての手段を、この不可解な相手をどうにかするために使うつもりだった。
もちろん自分たちが相手に『見逃してもらった』のだなどとは考えてもみない。状況を考えれば明白なことだが、賢い割に頭にやたらと血の上りやすい質である彼は納得できなかったのだ。
「嘉村、やめとけよ。本社のコンピュータに手を出されなかっただけでも十分だろ?」
苦笑しながらの柔らかな制止に、感情的に反発した。
「いいや、
俺が納得できないんだ!」
この程度の事でこうも熱くなっているようでは、これから先もずっと秀一のおもちゃにされるのが目に見えるようである。
「見てろよ。これでも俺は――」
期待されて入社した身なのだ。
やや歪んだエリート意識が、彼に立ち止まることを許さなかった。
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