*      *      *

 一方、秀一と秀一・・・・・の話し合いのほうは、両者すっかり打ち解け、企みすらもお互いにほとんど明らかにした状態でにこやかに談笑、という展開になっていた。何しろ思考回路が全く同じだから、お互いの置かれている状況を話しただけでこれはこうだ、あれはああだとすぐにお互い悟ってしまうのだ。
『――おもしろい。僕も協力しよう』
 画面の中の秀一はこう言った。これは実際のところ被創造物が創造者に反逆する、という重大な行為であるはずなのだが、どうも画面の向こうとこっちで話しているとそういう感じがしない。画面の外で秀一はにやりと笑った。
「そうか、協力してくれるか。……桜都をその『夢』の中に侵入させようとしたんだが、隠れ蓑にできるものがなくてね。本当は君あたりを使おうと思っていたが……誰でもいい、彼女が最も動きやすいように誰かを隠れ蓑にしたいと思う」
『なるほど。……ならばそれは僕が引き受けよう。僕ならば多少突飛な行動をとっても、羽澄氏はその理由にまでは気づかないだろうからね。僕を作ったはずの彼自身ですら、「結城秀一」のことは把握しきれていないようだから』
「それは光栄……と言っていいのかな?」
 画面の中と外で、二人の秀一がそっくりな笑顔で笑った。唯一に近い二人の違いは、羽澄藤四郎こと藤沢志津馬のことを「志津馬」と呼ぶか、あるいは「羽澄氏」などと呼ぶかということだけである。さすがに被創造物である画面の中の結城秀一のほうは、どんな相手に対しても不敵極まりない本物の結城秀一とは違い、それなりの自覚は持っているようだ。
 その二人の酷似に、画面の中で桜都がひどく微妙な表情をしているのがよく見えた。だんだん感情表現が豊かになりつつある。
「いや、いい知り合いができたものだ。ここまで僕の思考についてこられる相手と言うのは本当に貴重だよ」
 それは、自分自身だけに当たり前のことではあるのだが。
『自画自賛になるよ。それはあまり美しくない』
「それもそうだな。……向こうの様子を見てこよう。そろそろ全滅しているだろうからね」
 あっさりとそう言って、秀一は画面の中の秀一に一旦別れを告げた。
(……それにしても、つくづくおもしろいことになってきたな)
 単なるプログラムとは思われない。本当に自分自身と話しているかのような緊張感がそこにはあった。明らかにあの、『画面の中の結城秀一』は、自分自身の意志で動いている。
(意志を持つ機械……)
 それは――もはや、人間に等しい。
 古今東西数多くの科学者たちが追い求め、なお叶わなかった『人間の創造』という夢が、あるいは実現しようとしているのか。
(……僕は、歴史的な変化シフトの瞬間に立ち会おうとしているのかもしれないな)
 秀一はその類稀なる出来事に出会えるかもしれないという胸躍る期待にわずかに身震いをした。自分自身がその事態を招く一つの要因となってしまった責任を感じていたのかどうかは、定かでない。

      *      *      *

 まだ厚いカーテンを閉めたままの薄暗い部屋に、由乃はいた。本当はもうかなり前から起きていて、単に起きだして行くチャンスを失っていただけである。だから意識は明瞭だった。
 そして、その彼女の隣に、時代錯誤な茶色い着流し姿の長身の男が一人立っている。髪の色は黒、目も同じく漆黒のはずだが、今は周囲が薄暗いので集光しているため、微かに蛍の如き緑光を宿している。
「由乃。……火奈がいなくなった」
 ぼそりと男は呟いた。
「俺もそうだが、先ほどの揺れでおまえの封印が解けてしまった。火奈のほうはずいぶん慌てて出ていったからな。行き先がわからない」
「ええ、知っています。……ですけれども、火奈ちゃんは道を知らないですから、迷っているとしたらこのすぐ近くで何か見てるんじゃないでしょうか?……まあ、それでも自分で帰ってこられないことは確かですけど」
 由乃はおっとりと呟きを返す。
「それとも追いかけたいんですか、月藻さん・・・・?」
「……火奈はまだ未熟な子供だ。保護者としては捕獲義務がある」
 どうにも憮然とした表情で、男――月藻は言った。その本性は言うまでもなく、由乃を守るために存在する銀色の巨犬である。
「……でも、わたしのところにも、どなたかいてくださいませんと」
「そんなことはわかっている」
 俺とて来から頼まれたのだからな、と。
 月藻は囁いて、感情の表れにくい顔を背けた。
 と……その背中が突如ぴんと伸びる。ほぼ同時に由乃もはっと息を飲んで、部屋の扉を見つめた。訪問者である。
 しかもその気配は、かつて二人が共通に大事に想っていたある人物のものである。しかしその人物はここに現れるはずがないのだ。既に、彼は故人なのだから。
「……まさか」
 まさかそんなことが、あり得るわけはない。
 由乃ですら――そう、人よりも遥かに抜きん出た霊感を持つ由乃ですら、あの死別の日から一度として姿を見たことがないのに。
 本当に、こんなところにやってくるはずが――ない。
 だがその気配は確かに覚えのあるもので――それ故に二人は動くことができない。
 そして。
 ノックの音が、して。
「――どうぞ、お入りくださいな」
 一見動揺はなく、普段どおりに聞こえるが――しかし、親しい者なら必ず気づくような警戒と期待の入り混じった声音で、由乃は応えた。
 ドアノブが回る。
 ゆっくりと、ドアが、開いて。
「……やあ、久しぶりだね、由乃、月藻」
 そこから生前の姿の、それも白装束……修行の際には必ず纏っており、そしてあの別れの日にも身に着けていた白装束のままの来が、にこやかに笑いながら入ってきたのである――。
 

To be continued   


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