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 藤四郎は『追っ手』に対する『逆追跡』を止めた。使っている道具は自分の理想がそのまま具現化されたものなのだから高性能には決まっているのだが、まさか一般の機械と争うとここまで勝負にならないとは予想していなかったのだ。悪用すれば、世界中全ての接続し得るネットワークを一日で――いや、それ以下でも制覇できるだろう。あまりに機能が充実していたおかげで、思わず調子に乗って後輩をからかいすぎてしまった。気の毒なことをしたものだ。
「さてと……どうしましょうかね」
 接続が切れてしまった。遊帆は今ごろ慌てているだろう。だが結城コーポレーションのケーブル回線を乗っ取っている以上、そうあっさりと接続するわけには行かない。大体が既にコード自体は発見されているのだ。このツールの有効範囲がどこまでかにもよるが、最悪もう連絡が取れないなどという事態も考えねばならないかもしれない。
「……うーん……」
 藤四郎は本来ならば実在しえない、遮光器型バイザー・タイプのインターフェイスを外し、出口のない部屋の室内を見回した。

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 嘉村は未だに考え込んでいた。
 周囲から同僚が心配げに覗き込むのなど意にも介さない。この集中力は将来大物になる予感を感じさせるが、なにぶんまだまだ気が短いのが彼の最大の欠点である。
 現に今も、こんなくだらないことで時間を取られているのがそろそろ嫌になり始めている。秀一も戻ってこない。周囲の研究員たちが暇そうにしている様子が、どこか自分を責めているような気がしてしまって苛立つ。
 そして、とうとうその不満がいっきに爆発した。
「――ふざけるな、馬鹿野郎!」
 怒鳴るなり手元のノートパソコンの電源を入れ、再び回線の追跡をはじめようとする。周囲は呆れるばかりだが、頭に血が上ってもはやどうでも良くなっていた。
 こんな性格だから秀一のからかいの標的ターゲットになるのだろうが――とにかく彼は先刻の彼自身の命令を破棄して、再度ケーブルをいじり始めていた。

      *      *      *

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 室内を見回して次の行動を考えていた藤四郎の耳に、先ほど外したインターフェイスからの警告音アラームが届いた。
「……何でしょうね?」
 別に動揺もしない。『これ』がどんなものなのかはもう把握し、この周辺で起こっている事態ならば大抵はこれだけで十分クリアできるということもわかった。どんな事態が起こったのであれ、解決できる――彼は悠々とかまえ、警告の内容を確かめた。
「『再び、侵入者あり』……?」
 懲りもせずまた向かってきたのか、結城の電気電子部門の研究者たちは――籐四郎は首を傾げて、再びインターフェイスを身につける。
 ……実際のところ追って来ているのは「研究者たち」ではなく「ある一人の研究者」に過ぎないし、それも別に大した作戦があるわけでもなく単に激情に駆られたからなどという理由でのことなのだが、そこまで藤四郎にわかるはずもない。
「……覚悟してもらわなきゃ駄目ですかねえ……」
 一応かつて雇ってもらっていた会社だし、別に結城コーポレーション自体に恨みがあるわけでもないため、破壊行為は慎もうと思っていた。だが、警告をしてもなお刃向かってくるというなら、ここで阻止しなければならない。先刻インターフェイスの余剰機能を使ってざっと組み立てたコンピュータ・ウイルスもどきだって使えるし、さっきの手段を使えば簡単に全部のパソコンの電源を落とすこともできた。が、
「……内部の回路が壊れなきゃいいんですけど……決して保証はできないし」
 単なる破壊行為が目的のハッカーやクラッカーと一緒にされたくはない。自分にはもっと高尚な――と言うと、なんだか傲慢だと自分でも思ったが――理想があるのだ。
「……どうしましょうか……」
 藤四郎は呟いて、黒髪をくしゃくしゃとかき回した。

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