「――」
 一瞬の絶句の後、秀一はおどけたようにこう呟いた。
「おやおや――こんな所で同一存在ドッペルゲンガーに出会うとは、奇遇だね」
 しかしその目はいつになく鋭い。部下には決して見せることのない眼差し――いや、身内ですら一体何人が、そこまで真剣な彼の瞳を見たことがあるだろうか。
『――それはむしろ僕が言いたいね。突然このが目の前に出てきたかと思えば、こっちには会った記憶もないのにいきなり名前を呼ばれるし……まあ、僕もそれなりに有名になっているから知っていてもおかしくはないことだが、それにしてもこうまで明らかに人間でないものに親しく呼ばれる覚えもない。……ああ、いや、別に悪く言うつもりはないんだよ。害意だってない』
 画面の中の桜都が、手首を握る『秀一』の手を外そうとして失敗した。
「……念のため名前を聞いておこうか?」
 そんなものは聞くまでもない――わかりきっていたが、秀一は確認する。
『結城秀一。……その様子を見るとそちらもそうだ、ということのようだね。同一存在どころの話じゃない、同一人物というわけか』
 画面の中の秀一は、桜都の機械の眼を通して外の秀一を認識しているらしい。
「……そういうことらしいね」
(――なかなか厄介な……もとい、面白いものを作るな)
 秀一はこの機械の……そして内部に配置されているプログラムの製作者に改めて感心した。
(並みの人工知能AIよりよっぽど上だ……しかもこんなものを複数、同時に起動できるほどの本体ハードをも作り上げたわけだな、あいつは)
 やはり期待をかけた甲斐があった。実に楽しい。
『――さて、そろそろ詳しい話を聞かせてもらいたいんだが?』
「ああ。――君とは話が合いそうだね」
『ああ……何しろ、同一人物だからね』
 微かな笑いを含んだ声。
 巨大な機械と、そして大いなる世界の違いを間に挟んで、二人の秀一は穏やかに談笑し始めた。

      *      *      *

 友典たちが動き出した、その少し後のことだ。
 一粋は唐突に目覚めた。
 別に珍しいことではない。日頃から彼は寝起きがよく、また寝付きも早かった。多少の悩みがあっても、どんな環境でもかなり良く眠れること、それはいろいろとややこしい状況を抱える彼がきっちり健康を保っていることの一因であろう。
 そういえば友典の家にいるのだったと思い出して、ふと耳を澄ます。
 ……『こちら』に来てから、起きれば必ずと言っていいほど聞こえていた奏流の騒ぐ声や足音が、今日は聞こえない。
(……何や?)
 何か――何かがおかしい。ひどい違和感がある。
(……気にくわんなぁ……)
 一瞬眉をひそめて、廊下へのドアを開ける。
「――は?」
 さすがに彼は絶句した。
 絶対に廊下があるはずだったそこには、どうしたわけか周囲を砂漠に囲まれた瑞々しいオアシスが待っていたのだ。思わず踏み出して後ろ手でドアを閉めてしまっていた彼は、その自然の奇跡の中に一人立ち尽くす格好となった。
「うわぁ……何やこの状況」
 ぼそりと呟く。もう少し驚けばいいようなものだが、とりあえず感慨はそれだけだった。
 数十メートル向こうに、ガラスの温室らしいものが見える。それはオアシスそのものとは離れ、明らかに砂漠の中に立っていたが、その内部には緑があふれていた。
「はぁー。……すごいなあ」
 あまり感心しているとは見えない口調だが、当人は本当に感心しているのである。
 その中で白衣を着て植物を調べている、栗色の髪の女性がいた。一粋はその女性に覚えがあるような気もしたが、どこで見たのか思い出せない。ずいぶん親しく知っているような気はするのだが、果たしてどのような知りあいだったか……。
 考え込んでいると後ろから、誰かが彼の手を引っ張った。
「ん?」
 振り向くとそこには、赤い和服を着た黒髪の小さな女の子が立って、睨み付けるような目つきで彼を見上げていた。

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