六、此処ここはるかなるおもちよ


「――な、何だこりゃあ!?」
 その頃、結城コーポレーション[STEB‐SOUL]操作室前の廊下ではパニックが起こっていた。
「コードを、コードを切れ……!!」
 焦りとそれが招く混乱のあまり、一目で無茶とわかるような指示が飛び交う。[STEB‐SOUL]のちょうど陰となる位置に設置されていたケーブルが外部との通信用のものと見抜いて、その回路を遡る作業を初めて間もなく……突然、最も電子戦技術に長けていたはずの作業員たち数人の端末の電源がぷつん、と前触れもなく切れた。そこから混乱は始まったのである。
 まるで見えない手がさっと撫でていったかのように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ある列の端末のディスプレイが一斉にサイケデリックな模様を映し出し、それにあたふたしていると今度は別の一列の端末が一切の入力を受け付けなくなった。心霊現象かとも疑われるそれを目の当たりにして、科学の申し子であるはずの結城コーポレーション電気電子部門の技術者たちはただただうろたえることしか出来なかった。
「ああ、何で、何でこういうときに限って主任はいないんだ……!」
 主任――結城秀一もまたそれなりの厄介に巻き込まれているのであるが、まあそれはかなり自業自得のことではある。
「……さ、作業を一旦止めるんだ!一旦やめて原因を探らなければどうしようもない!」
 一応この場を任されていた嘉村青年は必死に指示を飛ばした。どこの誰だか知らないが、この厄介な機械どころか結城本社のホストコンピュータにでも侵入されたらこの作業を担当した電気電子部門の沽券に関わる……いや、沽券がどうとか言っている場合ですらなくなる。
「みんな、聞こえないのか!?作業を――」
 怒鳴りかけた彼の前で、瞬間全員が沈黙した。
『……身の程知らずに、このぼくに手を出そうとするとはね』
 ある壮年の研究員の前で凍り付いていた端末が突如復旧し、勝手にディスプレイに文字が打ち出され始めた。キーそのものは微動だにしていない。ネットワーク経由だろうか?
『――邪魔者に容赦はしません。すぐに止めるなら――そして、もう二度と手を出さないなら、見逃してあげましょう』
 それを目の前で見せられたその研究員は、目を点にして、それでもなお気丈な態度を崩さずにそれをしっかりと見つめていた。
『さあ……どうするんです?』
 その言葉を受け、一斉に技術者達の目が嘉村に向かった。
「う……」
 集った視線の圧力に、さすがに一瞬絶句する。この場に秀一がいないのが恨めしい。
「ちょっと待ってくれ、主任に連絡を……」
『それはそれはご丁寧に。……しかし何ですね、今の電気電子部門は、主任がいなければ何一つ決断も出来ないんですか?』
 あからさまな皮肉。嘉村はついかっとなり、
「作業を止めろ!後の事は俺が責任を取る!」
 そう言い放ってしまった。
『――いい心がけですね。後輩くん・・・・
 ディスプレイが嘲笑するように瞬く。
「――!?」
 後輩、という言葉に嘉村は驚いたが――すぐに、それ以上の問題点に気づいた。ざっと顔が青ざめる。
 この画面の向こう、どこかからここにアクセスしているはずの人物は、一体どうして彼が口に出しただけの言葉を知っているのだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?画面の向こうにまで、その言葉が聞こえているはずはないのに……。
「……一体……どこから……!?」
 盗聴器だろうか?しかし、時代の先端を行く企業である結城コーポレーションは情報を盗まれる危険性を考え、数日に一度の周期で全社点検をしているはずだ。盗聴器が残っているなどまず考えられないことなのである。
(これは一体……どういうことなんだ……?)
 今更ながら背筋に寒いものを感じて、嘉村は落ちつかなげに少し、身体を揺らした。

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