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 突然に部屋が、大きく揺れた。
 彼――羽澄藤四郎、が捉えたのはただそれだけの感覚だった。
「――うわっ」
 慌てて何かにつかまろうとする。だが、部屋中の壁面すべてが操作パネルを主とした機械だらけで、出入り口さえもない――そんな部屋に、しっかりした支えになるようなものがあるはずもなかった。なすすべもなく転ぶ。
「い、いったい何が起こって……!?」
 今の今まで相棒の遊帆と話し合っていた――いや、喋り合っていた画面に、突如警告表示が浮き上がっていた。耳障りな、神経をこすっていくような音が鳴り響く。あらかじめ設定してあったアラームが、不正侵入をかけられたことにより起動したのである。
「――気づかれたんですね……結城の回線を使っていることに」
 厳密にはそうではなく、追跡者たちはただ単に『犯人が使っていると思しき回線』を追っているだけの事である。だがこの場合、そんなことはどうだってよかった。
「このままでは強制侵入ハッキングされちゃいますかね?」
 何気なく――いつもとまったく変わらない口調で言った彼だったが、いつも笑っているようにも見えたその表情はこの上もなく真摯なものに変わっている。画面を見ながら、もう一機のコンピュータを起動させた。相手の技量にもよるが、既に一機目の方には侵入されている可能性も高い。全てのデータは他のパソコンとは全く違う保存形式で保存し、その上多種多様なプロテクトを数回にわたって掛けているから盗まれる事はまず、ない。だがそのままアラームの鳴っているコンピュータを扱うのは好ましくなかった――普通の状態であれば、彼ほどのてだれ手練にはそのような無理が利かないこともないだろうが、なにぶんここは場所が場所なのだ・・・・・・・・・・・何が起こるか想像もつかない・・・・・・・・・・・・・
「――しかし……いいんですか。邪魔者に容赦はしませんよ?ぼくは」
 誰も聞いていないことを承知の上で、一人呟く。
 相手が誰であれ、今邪魔されるわけには行かないのだ――目的はまだ果たしていないのだから。
 そして彼は、正体もわからない『邪魔者』たちを排除するため行動を起こした。

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「少しばかり――気が早い。……気づかれてしまったよ。志津馬にも、中の連中にもね」
 秀一は二十数人の部下たちの最後部、即席の壇上に立って指揮をしていた。右袖を軽く口元に寄せ、そんな言葉を呟く。
『申し訳ありません、お父さま。そちらの音が混じって、よく「聴こえ」ませんでした』
 耳元に忍ばせた超小型通信機――針の頭大の特注品である。金にあかせて作らせたものらしい――からの応答に秀一は微笑む。
「いや、それほど気にしないでもいいよ。大丈夫、しばらくは志津馬もこっちの事に気を取られたままだ。今のうちなら隙を探せるだろう。『結城秀一』のプログラムを探して、隠れみのとして利用する。行動パターンは読めるわけだし、他よりも行動操作がやりやすいはずだ。いいね?」
『YES』
 機械の少女からの返事を受け、秀一は銀縁眼鏡の中の目に愉悦の光を躍らせた。

      *      *      *

「きゃあっ!?」
 すさまじい揺れに秋は悲鳴をあげた。
 彼女がコップを置いたちょうどその瞬間から始まった揺れは、その後数秒で収まった。しかし英晴は椅子に張り付いたように動けなくなっているし、秋は急な揺れに慌て、奏流に覆い被さっていた。揺れが起こると同時に立ち上がった友典はひとり、持ち前のバランス感覚の良さで立ったまま堪えていた。もしも普通の地震だったらかなり危険な行動だが……しかし、彼は怪我一つしていなかった。
「……すごい揺れだったな……阪神大震災クラスくらい行くんじゃないのか、これ」
 英晴のぼやきに、友典は冷静にこう答える。
「いや、きっとあれよりはましだよ……物が飛んでくるような事はなかったし、不思議だけど倒れたものも、落ちたものも全然ない。……そうか、という事は、これは地震じゃなかったっていうことになるね」
「……え?」
 秋が、恐る恐るといった表情で目を開ける。確かに、彼女が置いたコップも、その周りにあったものも何一つ床に落ちてはいない。それどころか倒れているものさえ、ほとんど……いや、全くなかった。
「……な、何これ?」
「何って言われてもわからないけどね……とにかく今のはひどい揺れではあったけど、地震じゃないという事は言えると思う」
 友典は繰り返した。確かに今の状況だけでは、それしか言えることはない。
「……って、けど、ちょっと待てよ。おれたちは転びそうになったぜ?」
「そうだね。僕らだけがあの地震の影響を受けた、というわけでもないんだろうけど……そう、『僕ら六人』以外の誰かが今の揺れを感じたかどうか――それが鍵になるかも……」
 奏流は「ああ面白かった」と笑っている。つくづく常軌を逸した感性の持ち主である。
「……上は?」
 秋がいきなり何かに思い当たったらしく、真剣な表情になって言った。
「上のみんなは無事なわけ?」
 物が落ちていないのだからある程度は大丈夫とも考えられるが、ひょっとすれば扉が開かなくなっているかもしれないし、まずないだろうが万が一にも火事などになっていたら大変な事である。
「そっか、やばい!」
 英晴はそう叫び、二階へと続く階段の方へ走り出した。ここは食堂。出口にガラスのドアがある。走った勢いのまま割りはしないかとひやひやしながら見ていた友典だが、英晴が意外に冷静に扉をあけたのでほっと息をつき。
 そしていきなり背後に現れた気配に驚いて、勢いよく振り返った。
「――あ……?あれ?」
 するとその背後には、頓狂な顔をした英晴が、困ったように頬を掻きながら佇んでいたのである……。

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