それとほぼ同じ頃。
 遠い異国・イギリスと、周囲を閉ざされた奇妙な部屋とで、二人の青年が『対話』をしていた。もっとも二人のうち片方は、実際の年齢的にはまだまだ少年と呼ばれるべき年齢なのではあるが、外見を言うなら大差ない。

 UFO> ……よし、繋がったみたいだな。

 まったく問題なく画面上に打ち出された文字を見て、ただいま英国へ出張中の羽澄遊帆はうなずいた。

 C.B.Freak> ああ、着きました?
             よかったですね、飛行機、落ちなくて。


「……おいおい、何物騒な事考えてんだよ」
 すぐさま打ち返された返答に苦笑する。

 UFO> この俺の強運はよく知ってんだろ?
     そんな事は起こるわけがないんだよ。
     それよりどうだ、そっちは順調に進んでるのか?
 C.B.Freak> おかげさまで、……割と。
           奏流も、とても嬉しそうにしてますし。


 『UFO』は、本名を少しもじっただけの、彼のハンドルネーム。『C.B.Freak』はすなわち『Cyber Brain Freak』。『度を越した電子脳マニア』を意味する、彼の相棒――藤沢志津馬のハンドルだ。

 UFO> 嬉しそう……か。
     何か特異な反応が、『脳』の中で起こっているのか?
 C.B.Freak> ええ。……明らかに、これまでは働いていなかった部分の回路が生きはじめてますね。まあ、それが『成長』と呼んでいいものかまではどうかはわかりませんが。
 UFO> ということは……『脳』のシステム自体は成功、ってことだな?
 C.B.Freak> ええ、そういうことになりますね。


 いまや遊歩が日本を離れてしまい、まして志津馬は恐ろしく特異な空間に身を置いている状態だ。すでに彼らの連絡手段は、インターネットを経由したこのチャットか、あるいはEメールしか残されていないのだった。

 その頃遥か遠い日本では、結城秀一が[STEB‐SOUL]操作室前の廊下に並んだ『対策班』の面々に号令を掛けているところだった――
「よし。……作戦開始だ」
 
 UFO> 順調ならよかった。じゃあ、俺はそろそろ寝る。何せこっちは真夜中だからな。
 C.B.Freak> そうでしたね。了解です。お休みなさい。
   ――あ!ごめんなさい、もうちょっと待ってください。あの


 ――と、その言葉を最後にC.B.Freak……藤沢志津馬の言葉が途切れた。数分待ったが返事がないので、遊歩はそのチャットへの接続情報を確認する。案の定、志津馬の方からの接続が切れていた。だがその接続は結城コーポレーション本社ビルの専用回線のひとつをそのまま乗っ取って行われているもので、安定性は保証済みだ。それどころか、そもそもそれしか外部に接触する手段を持たない現在の志津馬が自ら接続を切る事など考えられない。
「おい、何か……何か起こったのか!?」
 悲鳴じみた声をあげ、遊帆は慌てて周囲を見渡した。隣室への壁はそう厚くもないだろうから、悪ければ事が露見するし、そうでなくとも苦情が出る危険性がある。しかし思ったほどにはその壁は薄くなかったらしく、どこからも反応はなかった。
 ほっと息をついて――遊帆は画面を、真剣な顔で見直した。
 確か、志津馬は何かを言いかけていた。突然気が変わって会話を打ち切ったと考えられなくもないが、それでもインターネット接続自体は、不正に行ったものだけに一度切ってしまうと次のチャンスがいつ巡ってくるかはわからない。そんな事がわかっていないはずもないのだ。幼少の頃からずっとコンピュータと共に生きてきたような彼が。
(何かが……何かまずいことが、起こっている……!)
 その可能性が高かった。
 だが、本当にそうだとしても――今の状態では、彼にできることは何一つなかった。こんな遠くにいなければまだ少しは何か手伝える事もあったろうに、と歯噛みする。
 ――ただひたすらに無機質なディスプレイが、ベッドサイドのライトしか点いていなくて薄暗い、結城コーポレーション英国支社研究寮の一室をぼんやりと照らしていた。

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