(――にしても、すっかり気が変わってしまったね)
 自室へと歩みながら、秀一は密かに苦笑した。
 本当ならば桜都にも言ったとおり、この件にはかかわらず単なる傍観者でいるつもりだったのだが……さっき、羽澄遊帆との騙し合いで遊んでいるうちに、ついつい楽しいことを思いついてしまった。
(何しろ実験というものには……予想外の事態アクシデントが付き物だ。そうだろう、なあ――『志津馬』)
 一見すると真剣そうなその表情の下で、彼が一所懸命に口元が緩むのを堪えているということに気づくものは、誰もいなかった。

      *      *      *

「――はあっ」
 結城友典は、自宅居間のソファにもたれかかって溜め息をついた。あの波乱だらけの一日が終わり、早々に眠りに就いた彼らだが、へろへろに疲れていたにもかかわらず、数人は翌日朝早く目覚めてしまったのだ。
「……なぁんだかねー」
 秋が呟く。テレビには昨日の、『親亀の上に小亀……』状態に陥った結城本社ビルが映っている。何でもあの場所が気に入ったのでしばらくそこで活動するとか何とか……オーストラリア政府ははたして黙っているのだろうか?
 秋と同じく画面を見ながら、友典がぼやいた。
「全く……あの兄だけは、現実でもこっちでも手に負えないよ」
「ああ、全くだよなあ」
 同意して英晴は苦笑する。彼は由乃の部屋から抜け出してきた奏流に無理に起こされたので、やや眠そうだ。ちなみにその奏流は、今は秋の隣に座っている。
「しっかし、面白いお兄さんよねー……」
 秋もしみじみ、同意する。
「ほら、うちも兄弟多いでしょ?四人もいるし、お互い、結構変わってるもんだと思ってたけど、うちじゃ誰一人、あのお兄さんにはぜんっぜん敵わないと思ったわ」
 あまり誉め言葉にはなっていないが。
「もう、あれは呆れるを通り越して感動ものだわね」
 まあ、あれだけのことを平然とやって見せる兄であるから、散々言われるのも無理はない。
「けど……一体なんなのかしら。この状況」
 秋がそう言って、今まで持っていたアイスココアのコップをテーブルに置いた瞬間――
 世界中が、ぐにゃりと奇妙に揺れた。

      *      *      *
 
 その、少し前の事だ。
 秀一は仕掛けだらけの自室に戻ると、まっすぐ歩いていって隠し扉を開け、そして眉をひそめた。
 そこには、桃色の光を纏った少女が待っていたからである。
「おや、どうしたんだ桜都。まだ、そこにいたのかい?」
 桃色の少女は答える。
「すみません、お父さま。情報そのものは手に入っているのですが、利用しろとのご命令でした例のプログラムを隠れみのにする作業が一向にはかどりません。あちらのマスターはすばらしい腕の持ち主です。あれだけ大量のプログラムを管理しながら、どれひとつとしておろそかにしていません。わたしの入り込む隙が……作れません」
 かわいらしい顔に、戸惑ったような表情を浮かべる。困った顔、というか、おそらくは申し訳なさそうな表情を作ろうとしているのだろうが、どう見ても成功しているとはいえない様子だった。
「おいおい、あまりよそのマスターを誉めないで欲しいもんだね。寂しいじゃないか?」
 ふざけたように秀一は言う。
「しかし……そうか、そうだろうな。あいつはそういう……几帳面で、細かいところにばかり嫌ってほど気が回る奴だから。まあ、問題はないさ……もうすぐ・・・・、隙ができるからね(・・・・・・・・)」
 そして――笑う。
 その不敵な笑みは、実に彼に似合っていた。

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