五、機械きかいめぐ一大騒動いちだいそうどう

      *      *      *

「――さて、まあそういうわけで、羽澄の奴が出張から戻るまでの対処は我々電気電子部門の担当ということになった」
 落ち着き払って、電気電子部門主任・結城秀一は言った。結城コーポレーション本社ビルの広く清潔な会議室に沈黙が落ちる。
「しかし……対処、といわれましても、我々に一体何ができます?」
 スーツではなく白い作業着らしきものを身に着けた中年の技術者が言った。彼はこの部門の中では秀一に次ぐ地位を持ち、今回問題を起こした[STEB‐SOUL]にも企画段階から関わってきた人物である。当然その機械装置の難解さと、細かい操作の困難さはよく知っていた。
 その質問に秀一は軽く頷いた。
「ああ、確かに正攻法の操作はできないだろうね。あれは……[STEB]は動作がかなり曖昧ファジーなものだから、かなり操作に熟達した人間でなければ扱えないはずだ。……おい、そんなに悔しそうな顔をするな、嘉村かむら。人の話は最後まで聞くように」
 羽澄遊帆とどちらが若いだろうか、少し吊り目気味のスタッフの顔を見て秀一は苦笑する。嘉村と呼ばれた彼は、長テーブルに手をついて立ち上がりかけていたところだった。
「――だが、攻めようはあるんだ。皆見てきたとおり、[STEB]のコントロール・ルームは今現在、僕が置いた見張り役を除いて無人だ。それにも関わらず、いまだにあれは通常動作を続けている。どこかで操作をされているわけだ……要はこの事態を引き起こした犯人は、どこかはわからないが外部からアクセスしているということになる」
 嘉村青年がゆっくりと座りなおした。話を聞く気になったらしい。
「――特殊な設備が準備できる状況ならばともかく、ここは仮にも我が結城コーポレーションの本社ビルだ。外部からアクセスする気ならインターネット回線を使うしか手段はない。そして通常回線にさえ入ってしまえば――後は我々でも十分に太刀打ちできる分野だ。そうだろう?」
(まあ逆にいえば――さしてあちらに有効な打撃は与えられないということにもなるんだが、ね)
 秀一は、組んだ手に隠した口元だけで微かに笑む。別に、こっちの策は当たらなくてもいいのだ。どちらかといえばむしろ成功しないほうが、彼にとっては都合がいい。――いや、そもそもインターネット回線をメインになど使っているわけがない。それは『彼』が考えることにしてはあまりにも確実性がなさ過ぎる選択だった。どこから邪魔が入るかわからない。
「――まあ無論のこと、ここはいろいろな技術者の寄せ集めだ。そっちは専門でないという者だっているだろう?だから、一部のものにはまた別の仕事をしてほしい。見たものもいるかもしれないが――[STEB]には今、当初ついていなかったアンテナが設置されている。それにどこからの電波が来ているのか……あるいは、それがどこへ電波を送っているのかを検証して欲しい」
 言うまでもなく、その行き着く先も彼には予想できている。
(しかし――長い間泳がせておいた甲斐があったというものだね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。だんだん事が大きくなってきたな――実に面白くなってきた)
 事を大きくするのに一番貢献しているのは秀一自身であるが。
「――分担は以上。電子戦ができるものは三十分後に再度ここに集まること。長丁場になる可能性があるから、それまでに準備をしておいてくれ。アンテナの方に行こうという者は何人いる?」
 その場に集まっていた電気電子部門の社員――主に研究員ばかりが集められている――約三十人のうち、だいたい三分の一が手を上げた。さっき秀一も言っていたとおり、この部門は一芸に秀でた人間が多い。中にはコンピュータの事はさっぱりだという人間も、いるにはいる。ただひたすらにICチップのみに打ち込んできた技術者だの、半導体を偏愛する研究者だの、言っては何だが変人の集まりでもあるのだ。
「ふうん……意外に多いね。よし、その半分は電子戦の後方支援に回ること。十二階から医療班も数人差し向けるから、あまり人数が多くても仕方がないだろう」
その言葉を聞きとがめた嘉村が、秀一に問いかける。
「医療班?……まさか、何か知っているんですか。結城主任」
 秀一は一瞬何とも言えない微妙な目つきをしたが、それほど間をおかずに答えた。
「……いや。知るわけはないだろう?」
 秀一は愛用の銀縁眼鏡をちょっと上げ、身を翻して部屋を出た。

 NEXT
 STEB ROOM
 NOVEL ROOM



[PR]動画