「――どやった!?」
「あたしの方は、誰に聞いても知らないってさ!藤四郎と一緒の、機械工学専攻の人もいるのに……!」
 秋と一粋が最初の場所に戻ってきた。間をおかず、友典と英晴が奏流を連れて歩いてくる。
「あ、もう二人とも戻ってるのか。こっちはまた奏流に逃げられちゃってさ、散々だったよ」
 そういう英晴だが、奏流の方はまた遊んでもらったとご機嫌である。
「僕らの名前はみんなあったけど……藤四郎の名前はなかったよ」
 そして、最後に由乃が。
「ここにいらっしゃる『方々』も、見ていらっしゃらないそうです」
「……ってことは……やっぱり、この世界には『羽澄藤四郎』はいないわけだよね」
「そういうことになりますね……」
 秋に同意の言葉を返した瞬間、由乃の勘が何かを捉えた。
 ――あっ いたよ こっちだよ こっちだよ
 ――ほら ここに いるよ こっちを むいて
 先ほど由乃が藤四郎について尋ねた『もの』たちも囁きかける。由乃は少し躊躇して、ゆっくりと振り向いた。
 そこ――二階との吹き抜けの上部――には誰もいなかった。
 ただ、そこに何かがいたのは間違いない。それが証拠に由乃の目は、手すりに纏わりついた、生物であれば何であれ必ず残すはずの残滓がふわふわと輝いているのを捉えた。
 藤四郎の残滓の波長は、おぼろげながら覚えている。まず間違いない――そこには、藤四郎がいたはずだった。
「……い、おーい、由乃?どうしたんだ?」
「あ、……いえ、何でもありませんけど?」
 由乃はごまかしにもなっていないごまかしを口にし、曖昧に笑った。
 何だか、素直に答えるわけには行かないような気が、した。

      *      *      *

 野次馬達でごったがえす結城コーポレーション廊下――。その野次馬の八割は研究員であり、残りはいたって普通の事務職の社員だった。彼らが見にきているのは、もちろん『例の部屋』の機械――即ち[STEB‐SOUL]である。
「ちょっと通してくれないか?」
 そう言いながら人々を掻き分けて、結城秀一が部屋に近づく。
「……ほう、なるほどね。確かにこれは初期動作じゃないな」
 部屋の中を――[STEB‐SOUL]のディスプレイを覗き込んで、秀一はにやりと笑った。そこには意味不明の、ただし明らかに何らかの法則性を持っているように見える文字列が並んでいる。
「ふうん……どうやらデモンストレーションでもないようだな……」
 秀一はそう言うといきなり身を翻した。
「ど、どこに行くんですか、主任!」
「こんなに人のいる騒がしいところではろくに考えがまとまらないからね。それに……」
 引きとめる手を穏やかに外して。
「よりにもよって海外出張中の、こいつの担当者に連絡を取らないとならない。……迂闊なことはできないんだよ」
 いつになく真摯な目。……もっともこの男の場合、それが真実の表情であるとは限らないが。
 しかしその眼光に圧され、進路を塞いでいた野次馬たちは道を空ける。だが、
(……さぁて、どうすればこの観衆を満足させられるかな?)
 案の定ろくなことを考えていない秀一であった。

      *      *      *

「じゃ、次はどこに行く?」
「とりあえず結城の本社に行って……秀一兄さんに会ってみたいな」
 元の世界の兄より善良であってはくれないだろうか、と友典は呟く。
「……藤四郎を買収して荷担させている可能性も考えられないわけじゃないし、実際藤四郎は関わっていないのにそれを装っている可能性だってないわけじゃない……とにかく、あの人は常に僕の予想の右斜め四十五度ほど上を行くんだから」
 それならばいくら考えても無駄のような気もするが。
「けど、あの兄さんは問い詰めても無駄だろ?絶対、本当のことなんか言うわけないじゃん」
「僕と君がいるんだ、護衛さえ片付けられればどんな風にも締め上げられるだろう。……絶対に喋らせてやるからな」
 大問題発言である。既に友典も目の色が違っている。こういう二面性を見ていると「なるほど兄弟だ」と納得も行くが、そんなことを言われても友典はまったく喜ぶまい。
「……そんなにすごいお兄さんなの?」
 秋が半ば呆れたように言う。
「いや、すごいなんてもんじゃないってあれは……」
「そうか、僕と英晴以外は出会ったことがないんだね……尋常な感性じゃついていけないよ。なめちゃいけない」
 またずいぶんと恐れられたものである。
「……じゃ、結城本社に行こか」
「そうですね」
 わたわたと――ばたばたと、というには動きが鈍い――手足を振り回す奏流を連れて、一行は結城コーポレーション本社ビルに向かった。

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 碧い人工の光に照らされた、ひどく奇妙な部屋で、
まずいですね……」
 白衣を身につけた藤四郎――少なくともこれまでそう呼ばれていた、黒髪黒目、眼鏡の青年――は一人呟く。
「あそこには『本体・・』があるかもしれないのに……」
 結城本社ビルに向かおうという彼らの考えそのものは、まったく正しい。しかし、この段階で計画を終了させられるような要因ができてしまうのは望ましくなかった。
「せっかく正しい道を選んでいるのに、少しアンフェアになってしまうかもしれないけど……邪魔をさせてもらうしかないですかね」
 藤四郎は全ての壁面を隙間なく埋め尽くした・・・・・・・・・・・・・・・・機械の入力装置に手を触れた。
「皆さんには申し訳ないんですけど……ぼくとしてはまだ、付き合ってもらわなくてはならないんですよ」
 呟いて彼はキーボードを叩き始める。常人には望むべくもない速さ。
 そして作業は数瞬のうちに完成し。
「……あまり落ち込まないでくれるといいんですけど……」
 どこにも出入り口のない・・・・・・・・・・・ひどく奇妙な部屋の中・・・・・・・・・・……彼は呟いた。

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