「ああ、逃げ切れた……」
英晴が大きく息をつく。
「せやけど、あれじゃ……後が大変なんと違うか?」
奏流の首根っこを捕まえた一粋が言う。
「大丈夫大丈夫。……だって、ここはおれたちの世界じゃないんだぜ?さっきの……山口って言ったっけ、あいつもまだ、実際は由乃とは知り合ってない。國沢先生も、実際はおれを本気でスカウトしようとしはじめちゃいない……でなきゃ、もっとしっかり断ってるよおれ」
まあ、それでも追われていれば冷静にもなれないというものだが。
「そうか……なるほど」
友典が何やら納得している。
「つまりこれは……一種の疑似体験ゲームとして捉えてもいい状態なわけだね」
「そっか……あくまでも現実じゃない世界として、こっちで遊んでてもいいってことね。……あ、もちろん元に戻る努力はするけど」
秋もなるほど、と頷いた。
「ゲーム?」
奏流が不思議そうな顔をする。
「これゲームなの?」
由乃が笑って説明した。
「そうじゃないの。ここでした体験は、まるでゲームの中のことみたいに、わたしたちの本当の世界とは関係しない体験なんだ、ってことよ」
「ふうん……」
理解できたのかできなかったのか。奏流は納得したような声を出しながら、小首を傾げた。
さて、第三学舎。生物学――主にバイオテクノロジー――専攻の秋、そしてこの場にはいないが藤四郎の所属する工学部が入っている学舎である。羽鳥大学はやたらと手広くやっているがどちらかと言うと理系に力が入っているので、この学舎は特に大きい。が、一粋の通う医学部もここに入っていたりする辺り、正直言って構造は考えていないも同然であろう。
「ううん……特におかしなところはないみたいやなあ」
学舎入り口に立って辺りを見回し、一粋が呟く。
「むー……」
秋が難しい顔をする。そこで彼女ははっと気づいた。
「……そうだ、ここ、藤四郎も通ってたよね。藤四郎がいた
痕跡はあるのかな」
「え?どういうことだ?」
英晴が聞き返した。
「うん……例えば藤四郎のことを覚えてる人がいるのかな、とか。もしもさ、もしもだよ、ここにいる人が誰も、藤四郎のことを知らないってことがあったら……それはどういうことだと思う?」
「……え……!?」
一同がぎょっとした顔をした。
「……藤四郎はこっちの世界には、最初からいないってことなのよ。それはあたしたちとの大きな差だと思うし、だとしたらそこに、何かヒントが隠されてるかもしれないよ」
「……すげえ、秋、鋭いっ」
英晴が感嘆の声をあげた。
「なるほど、そやったら、工学部関係の学生探して聞いてみよっ」
一粋は言うなり周囲の学生に声をかけ始めた。何故かこういうことに慣れていそうな彼である。
「そうか、だったら僕は学生名簿を調べに行ってこよう」
「あ、おれも行く。……奏流つきだからな」
英晴は言いながら苦笑した。
「じゃあ、わたしはその辺を行き来してらっしゃる霊の方々に、見たことがないか聞いてみます」
さらっと言ってのける由乃である。受け入れてくれる存在があることに、彼女もかなり慣れ始めているようだ。
「じゃああたしも、知りあいの工学部探して聞いてみるよっ」
六人は――正確には、奏流を除く五人は――意欲的に動き始めた。
NEXT
STEB ROOM
NOVEL ROOM