第二学舎。スポーツ科学専攻の英晴が日々、理論部分を学んでいる学舎である。
「うん。特に変わったところはなさそうだな」
 ひとしきり辺りを見回ったあと、英晴は言った。
「……やっぱりどこも、僕たちが知っている世界と変わらないんだろうか?」
 友典が考え込んでいる隙に、
「やったあ!」
 猫のようにぶら下げられていた奏流が大きく身体を揺らし、襟首を掴んでいた友典の手を外すことに成功した。
「……あ、しまった!」
 友典が叫んだときにはもう遅い。奏流は既に走り出している。疲れというものを感じないのだろうか、あの元気少年は。
「……おまえなあ、何でそんなに走るのが好きなんだー!」
 英晴も後を追って走り出した。何故か羽鳥大構内の各所に貼られている、『廊下を走ってはいけません』などという小学生向けのようなポスターは完全無視だ。
「きっと、本人の意識としては嬉しくて仕方ないだけなんでしょうけど……あれはちょっと考えものですね」
 人の多い廊下なので残る四人は追跡することができない。由乃は奏流と英晴の背中を見送りながら呟いた。
「こちらが困ってしまうほど元気ですものねぇ」
「ほんとよね……ちょっとうらやましい気もするけど、あの無鉄砲な元気は」
 秋は先ほどの会話を思い出したようだが、さすがに今度は後を追う気力が残っていないようである。
 と、しばらくして、
「こらぁ高森!授業に出てこないと思ったら、廊下を走りに来たのかおまえは!ちょっと待て、止まらんか!」
 廊下の向こうからそんな怒鳴り声が聞こえてきた。
「うわあ、國沢くにさわ先生っ」
 英晴の悲鳴も聞こえる。二人の声が聞こえてくるうちに遠ざかっていったことを考えれば、恐らく、その國沢先生とやらも走り出してしまったらしい。……本末転倒だとしか言いようがない。
「ああ、何でたかだかこの程度の事が平穏に終わらないんだ……!」
 友典は頭を抱えた。
「悩んでる場合やないで!どうにかせな、捕まってもうたら英晴じゃええ言い訳ができんやろ!」
 前半は立派な発言だが……果たしてそういう動機でいいのだろうか。
「……いい、もういっそ二人とも怒られて欲しい」
 友典はもはや諦め顔である。
「ああ……確かにそのほうがいいかも。英晴と奏流くんには悪いけど、もうちょっと……大人しくしてて欲しいよ」
「それは……確かに同感やけど!」
 でも、何かもっと、諦めるほかにすることもあるんちゃうか――と一粋が言いかけた途端、
「――かくまってくれっ!」
 何とこんなに早く学舎内を一周して戻ってきたらしい――あるいは近道でもしたかも知れないが――英晴が、一粋の真裏に飛び込んだ。いつの間にか奏流を追い越している。奏流の方は追いかける側になるのも面白かったらしく、しっかりついてきていたが。
「か、匿えなんて言われたかてっ、怒られるんやないんか!」
「違うっ、國沢先生が『そんなに走れるんだったら全国大会を目指さんかぁっ!』って言って追ってくるんだよっ」
「はあ?」
 どうやら英晴も見込まれているらしい。
「おれ、走る方面に進む予定はないんだってばっ」
 小声で囁き交わす一粋と英晴の前を、気づかない國沢教諭が走りすぎていく。
「……目は悪いんやな、あのセンセ」
「そう、だから隠れさせてくれれば……それはいいや、とにかく今のうちに逃げよう!」
 英晴以下一同は、人ごみに紛れてこっそりと第二学舎を抜け出した。

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