まず第一学舎。宗教学専攻の由乃と、国際関係学専攻の友典が通う学舎である。取り敢えずここに一番慣れ親しんでいる二人は周囲を見渡した。
「……見たところ変わったことはなさそうですね」
「ああ、そういつもと変わってはいないね」
「わたしがいる様子もありませんし」
「なさそうだね」
 吊り下げられてばたばたと暴れる奏流を押さえながら、何だか微妙におかしな言葉を交わす。
「……あ、あれっ?君、結城くんじゃないか。出て来たんだね?」
「え?」
 友典に、妙に親密な調子で話し掛けてくる青年がいた。
「――ああ、山口くんか」
「そうだよ。昨日も出てこないし、今日も朝いないから心配しちゃったじゃないか。具合でも悪かったのかな?」
 山口青年――どうやら友典とほぼ全て同じ講座を取っているらしい――は調子よく問う。
「いや、そういうわけじゃなかったんだけど」
 友典は押され気味である。まあ、まさか喧嘩して疲れて眠かったので寝てましたとは言えまい。
「うんうん、聞いてほしくないことって誰にでもあるよねっ。なら聞かないよ。ところで、今日残りの講義出る?ノート貸そうか?」
 何をどう誤解したんだか、山口青年は勝手に納得する。
「いや、ちょっと今日は用があって……。捜し物の最中なんだ」
「捜し物?あ、ぼく得意だよ。手伝ってあげようか?」
「……」
 友典、もろに墓穴を掘った。
「……いえ、ちょっと特殊な捜し物なので、手伝っていただくわけにも行かないんですよ」
 由乃が助け舟を出した。知らない相手でもあることなので、他の三人は興味深そうに見ているだけである。すると山口青年は、
「うわあ、この人結城くんの彼女?いいなあ、綺麗な人だなあ。で……そっちの子は弟さんか何か?それともまさか隠し……」
「……いや、それはないよ。二人ともこの大きさの子供がいる歳じゃないだろ?」
 言いながら友典は赤面する。慌てて付け加えた。
「大体、彼女じゃないよ。幼なじみさ」
「へえ。じゃ、ぼくが狙っても大丈夫ってことかな?」
「――ええっ!?」
 今度は由乃が目を白黒させた。
「山口孝弘たかひろです、よろしくっ!」
 にこにこ笑いながら山口青年は両手で由乃の手を包み込み、ぶんぶんと上下に振り回した。また何か喋り始めそうな気配がしたので、
「そ、それじゃ、急ぐからまた今度」
 友典は慌てて話を切り上げ、由乃を山口青年から引き離すようにしてその場を離れた。見ていただけの三人も後に続く。
 逃げるように――実際逃げているのだが――廊下を走って移動して、六人は廊下の行き止まりに辿り着いた。
「なっ……何ですか、あの人……」
 由乃はまだ目を丸くしたままだった。
「山口孝弘……僕の学校における友人……と言うか、むしろ『強敵』だよ」
 はあ、と溜め息をついて友典は言う。
「何故だか知らないけど気に入られてしまって……同じ講座に必ずいるし、席も大抵隣を選ぶ。あの勢いに一日さらされると、もはや身の危険を感じるぐらいだ」
「……なんかわかる気がする。同情するわ……」
 秋が「お手上げ」のポーズを取って苦笑した。やはり、日本人らしい体型の彼女がやっても友典程には似合わない。
「友典が怖がる相手なんてそんなにいないのにな。せいぜいあの一番上の兄さんくらいだと思ってた」
 英晴は頭の後ろで手を組みながら言った。
「あいつのテンションの高さには、相当頑張らんと敵わんかもしれんなあ……」
 大抵、深刻な雰囲気を一気にぶち壊す一粋をしてこう言わしめる山口青年……恐るべしである。しかも素の状態であれなのだから、あそこから更にテンションを上げたらどうなることだろうか。
「……なんか帰りたくなってきた」
 秋の呟きは、奏流を除く全員の心情を代弁してもいた。


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