「――あー、疲れたあっ」
 羽鳥大学構内の芝生に座り込んで、秋は息を切らしていた。
 それもあたりまえである。準備運動もなしにいきなり全力疾走をはじめ、一・五キロメートルほども走ったのだから。
「やっぱ、ちょっと無茶だったか……」
「……ち……ちょっと……や……ないわ……」
 もっと疲れきっているのは一粋である。こちらはひっくり返っているうえ、言葉がろくに出てこなかった。由乃もそう走るのに慣れてはいないように見えたが、意外にも木に手をついて呼吸を整えている程度である。
「それにしても、由乃がついてこれたのはびっくりしたなあ」
「あら、これでもわたし、結構鍛えてるんですよ?」
 何のために、そしてどうやって鍛えているのかは不明である。恐らく修行だとか、その辺りであろうが。
「別に走る必要は、なかったんじゃないか?秋」
 そう問う友典に、秋は拗ねたような表情を見せた。
「だって……なんか悔しくってさぁ」
「はぁ?何が悔しいんだよ?」
 英晴には話がわからない。
「言わない。……よけい悔しいじゃないの」
 英晴は困惑したように秋から友典に視線を移す。
「あ、言っちゃ駄目だよ友典っ!」
 しかし秋がすかさず先手を打ってしまったので、結局何も聞けなかった。友典は困ったように笑い、英晴はその目を見て肩をすくめた。
「いや、言いたくなきゃいいけどさ……まあ、話す気になったら言ってくれ」
「……うん、話す気になるかどうかは自信がないけど、もしなったら話すよ」
 秋は微妙な返事を返した。
 ようやく息を整えた一粋が周囲を見回す。
「ここから見る限り……どこもおかしなところはなさそうやな?」
「そうですね……霊的な異常も特にありません。ただ、前にも言いましたけど、空間全体の霊気が濃いですね」
 由乃が答えた。
「中に入ってみよう」
 それを聞いてまた走り出そうとする奏流の襟首を英晴が捕まえて、友典に手渡した。彼が掴んだままでは奏流の足が下に着いてしまうのだ。……やはり、奏流は信じられないほど軽かった。
「うわぁ、たかいたかいぃー」
 奏流は嬉々として叫び、友典は思わず額を押さえた。
「……おい、本当に僕がこのまま校舎に入れって?」
「おれじゃ無理なんだもん、仕方ないじゃん……」
 気の毒そうに英晴は友典を見上げ、その視線を受けた友典は仲間たちを見回したが、一粋はどうやら疲れきっているようだし、いくら軽いとは言っても暴れるこのお荷物を、秋や由乃に押しつける訳にも行かない。
「……また、隠し子、とか言われそうだな……」
 やや肩を落として友典は学舎へと歩き出した。他の四人が後に続く。間もなく第一学舎の入り口に到着した。
「どうする?ここで別れるか?」
 友典は言った。この五人――少し前までは藤四郎を含む六人だった――は元々仲がいいから付き合っているが、実を言うと学部はばらばらである。
「いえ……全員で移動した方がいいでしょう。仮にここに藤四郎さんがいたとして、今の状態の一粋さんでは追いかけられませんし」
「……何で追いかけるんや?」
 一粋が由乃に問う。その目には一片の疑いが見て取れる。
「犯人であるとは断定できませんけど、今回の事に深い関わりをもっていることは確かなんです。会って話を聞ければ、この事態の解決の可能性は上がりますよ?」
 由乃はそう答えた。だが、そう言っている彼女自身、たとえ藤四郎を捕まえることができても話は聞けないだろうとも思っている。
「う……それはそうやな……」
「そうでしょう?」
 にっこり。
 由乃は一粋に笑いかけた。表情が優しそうな割には、彼女の無言の圧力は結構重い。
「と言うわけで、全員で移動しましょう。……奏流くんが走り出したときに追いかける要員も必要ですし」
 それには全員が納得した。友典の手が滑らないとも限らないのだ。ただ唯一奏流だけが、「?」という表情になっていた。

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