* * *
結城秀一の十六階プライベート・ルームの奥の本棚は、実は隠し部屋の入り口だ。それを知っているのは、この部屋の持ち主本人と、彼の数多い兄弟たちのうちのほんの一部だけである。
先ほど知らせに来た男を「まだ用意があるから、先に戻って待っていてくれ」と追い返した後、秀一はその本棚の本を一定の順番に並べ替えて隠し扉を開け、中にあったものを陽光にさらした。
そこにあるのは黒い機体。
黒い地色の上に、花吹雪のような桜の花びらの模様が散っている。
あの部屋にあった例の機械――[STEB‐SOUL]――に似ているが、それよりもやや大きい巨大コンピュータらしきものだった。
ディスプレイ横の電源ボタンを押し、少しの間待つ。
「……おはよう、
桜都――〈オート・ハート〉」
低い機械音が部屋を満たした後、秀一はそう呟いた。
「おはようございます。
ご主人様」
かわいらしい少女の声がそれに応える。その声は、黒い機体の側面についたスピーカーから聞こえていた。
「おいおい、マスターと呼ぶのはよせと言っただろ?僕のことは『お父さん』と呼びなさい」
「はい、『お父さま』」
やはり微妙に他人行儀になって返ってくる。秀一は苦笑した。
「……まあいいか。それより桜都、あいつの方の侵入経路調査は済んでいるんだろうな?[STEB]
二号機の」
「はい。……お父さま、あの子は二号機ではありません。わたしは正式な意味での一号機ではないのですから」
「いや、それは――どうでもいいことなんだが」
秀一は、ふ、と目をそらした。
「どうも味気ないね……
立体映像は出来上がっているんだから、起動したら出てきたほうがいいかもしれないな」
「そうですか?」
同時に黒い機体の上部についていた二つの
機械の眼の一方が淡い光を放ち、秀一の前の床に光を投射する。幼い……大体小学校高学年くらいの少女の姿。全身を、淡い桜色の光が覆っていた。
「いかがでしょうか、マス……いえ、お父さま」
「言い直すとはなかなか高度だ。……かわいいよ」
そんなことを言うが、この立体映像を作成したのは秀一本人である。実際その気は全くと言っていいほどないのだが、取りようによっては
造形物偏愛とも疑われそうな台詞だった。
「じゃあ、命令しよう。二号機――君が言うところの『正式な[STEB]』の一号機だね――のシステム内部に侵入し内部の動向を窺え。ただし内部に存在する意志あるあらゆる存在に一切気づかれるな」
「了解です、お父さま」
「頼んだよ。……あまり干渉するとつまらないから僕はできる限り傍観者に徹することにする。
いいか、『
結城秀一』
を利用しろ……」
最後の一言を秀一は強調して言った。
その奇妙な言葉の意味を疑問に思い問いただすものは、ここにはいない。
ただ、桜都という機械の少女がふわりと笑って姿を消すだけだった。
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