「――とりあえず、今後の方針を決めよう。誰か、何か意見はないか?」
 友典は言った。
「……」
 全員が沈黙する。しばらく間があった後、秋が手を挙げた。
「はい、実任さん」
 一粋がいきなり標準語で、まるで小学校の教師か何かのように秋の苗字を呼んだ。
「はい先生……あのさ、この世界って、あたしたちが知ってるところとは全然違うんでしょ?だったらどこか違うところがあってもおかしくないよね?」
 何気なく一粋のおふざけに同調しながら秋が言う。
「あたしたちって、まだそれぞれの家とここ、それからここにくる道筋しか見てないわけでしょ?何か他に、ものすごく違ってるところとかあるかもしれないよね。だから、まずは外に出て、それを調べに行くのがいいんじゃないかなぁ」
「おお、まっとうな意見」
 茶化す気もなかったが、昨日のあの有り様を見ていただけに思わず英晴は言ってしまった。秋は英晴を軽く睨んだが、彼女も昨日の繰り返しはしたくないと見えてそれだけに留まる。
「なるほど、確かに今まで僕らが見てきたのはほんの一部に過ぎないからね。他までみんな、元の世界と同じだとは言い切れない。――あ」
 友典が、突如何かに気がついたように息を飲んだ。
「まさか……どこかに『僕ら』がいる可能性もあるんじゃないのか?」
 すぐにその意味が取れたのは由乃一人だった。
「それは……例えばわたしなら、ここにいるわたしの他に、もう一人『稲本由乃』という人物がどこかにいるかもしれない、ということですか?」
 その膝に座った奏流がきょとんとした表情で由乃を見る。
「そう……僕らがこの――もとの世界とそっくりの世界に一方的に紛れ込んだのだとしたら、当然どこかにいるはずなんだよ。僕らとまったく同じ姿をした、僕らと同じ考え方をする……僕らと同じ、人間が」
 なるほど。
 とは、全員が思った。だが思ったからといって、そう簡単に受け入れられるものでもない。
「やだぁ、何それ。気持ち悪いぃ」
 秋が心底嫌そうに言った。英晴が同意する。
「うん、それは……ぞっとしない考え方だよな」
「ああ、それは僕も同感だけど……例えばたった今ドアをノックされて、出てみたら僕が立ってるかもしれないんだから気味は悪いよ……でも可能性は、否定できないと思う」
 友典のその言葉に一瞬空気が暗くなりかけたが、一粋が。
「ううん、そないに気味悪いか?面白そうな気もするけどなぁ。同じ顔で掛け合い漫才」
 ……一同はその光景を想像した。
 一粋が二人、競うようにしてボケ合い、突っ込み合っているというその光景を。
 各自思い浮かべたボケの内容は違ったが、それは目一杯張り切ってボケ突っ込み合戦をやっている楽しそうな一粋の姿で。
「……そ、それは確かに結構面白いかもしれないな」
 ……やっぱり今ひとつ深刻になりきれない一同であった。
「……じゃあ、とりあえず同一存在ドッペルゲンガー問題は置いといて……みんな、初めにどこに行くのが一番効率がいいだろうね?」
「友典はどこがいいと思うの?」
「それはもちろん、羽鳥ハーバード大だよ」
 羽鳥大学の学生たちは、しばしばふざけて『羽鳥』を『ハーバード』と読む。彼らもまた、例外ではなかった。
「そっか、なるほどね。あたしたちが全然知らないところに行っても、違いがあるかないかわかんないもんね」
「そういうことだね。……じゃあ、行ってみようか」
「おー」
 あまり気合の入っていない一粋の掛け声とともに、一同はようやく家の外に出たのである。

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