「降りるぞー!」
少年と英晴は競うように階段を駆け降りる。そのあとをゆっくりと由乃がついていく。
「おはよう、由乃ちゃん!……あれ、その子は……?」
階段の下から秋が叫び、不思議そうに首を傾げた。しかし由乃が返事をする前に、
「ぅわあああああぁぁぁい!」
「お、おい、スピードのつきすぎっ……!」
少年は秋の横を通り過ぎて廊下をそのまま突っ走っていってしまい、
「待てー!どこまで行くんだっ!」
一瞬止まりかけた英晴も少年を止めようと同様に突っ走っていってしまい、
「……な、何あれ?」
秋は立ち尽くすしかなくなってしまった。
「……ええ、その、昨日大きな物音がしたのは覚えてらっしゃいますよね?そのときに、どうやら部屋の中に出てきたらしいんですが」
おっとりと歩いていた由乃がようやく階段の下まで降りてきて、秋に説明した。
「……元気な子だねー」
「ええ、有り余ってますねえ……」
由乃は秋と顔を見合わせて苦笑した。
「ところで秋さん。友典さんと一粋さんはどうなさってます?」
「うん?元気よ。友典に至っては昨日の事なんかほとんど覚えてないみたい。お得な性格よねえ……こっちは目いっぱい心配して、目いっぱい疲れて、おまけに英晴に一撃入れられちゃったりしたってのにさ」
はああ、と大げさに溜め息をつく秋に、由乃はくすりと笑った。
「それから一粋は喉が痛いって。相当叫んでたから当然だけどね」
「まあ、それは大変ですね」
そうこう言っているうちに英晴と少年が戻ってきた。少年は猫のような格好で、英晴に襟首をつかまれている。その表情に怯えはなく、むしろ面白がっているようですらある。――が、その格好だけを見れば吊るし上げられているようにしか見えないのもまた事実であって。
「……何やってるんですか英晴さん!」
「いや……」
由乃の怒ったような顔をみて、ばつが悪そうに英晴はその手を放した。少年は床に尻餅をつき、またもきょとん、とした表情になった。
「こいつ、すげー器用なんだよ。あれだけの勢いで走ってたのに、止まれって言ったら一瞬で止まって……で、あんまりいきなり止まったから、おれが避けそこなって転んだ」
ま、受け身は取れたんだけどさ、と呟くその顔には少々悔しそうな色がある。何となく負けたような気がするらしい。だからと言って襟首を掴むのは感心しないが、まあ少年は別に嫌そうな顔をしている訳でもないから問題ないかもしれない。
「っていうかさ、朝ご飯、冷めちゃうかもよ」
「う、それは大変だ」
一瞬にして英晴の顔から悔しげな表情が拭い去られ、朝ご飯が冷めるという戦きが取って代わった。こと食べ物の事となるとなかなかに大げさな英晴である。
「行くぞ!みんな!」
「……ううん、食い意地がはってるなー」
呟きながら苦笑した秋も、また走り出した英晴に続いた。
食堂につくと、友典と一粋は既に席に着いて待っていた。
「おはよう。……あれ、その子は……」
友典が言いかける。一粋がすかさず問い掛けた。
「何やのん?英晴か友典の隠し子かいな?」
「そんなわけないだろっ」
「何馬鹿なこと言ってんだよっ」
英晴と友典が同時に突っ込んだ。絶妙にタイミングの揃ったそれに、一粋は軽く咳き込む。
「あいたぁ。もうちょっと手加減してえな……で、誰?」
一粋の質問に対し、由乃は先ほど秋に答えたと同じように返答した。
「……ああ、そうか。そういえばそんなような覚えが……なくはない」
「なくはないって、おまえ……昨日の喧嘩の事とか、まるで覚えてないのか?」
友典の頼りない一言に英晴が問う。驚きというよりは確認の色が強いから、彼にとってはさほど珍しいことではないのかもしれない。
「喧嘩……あれは、本当にあったことだったのか」
夢だと思っていたらしい。
「……」
友典は黙って考え込んだ。
「……何で喧嘩になったんだったかな?」
少年と由乃、そしてその台詞を言った当人である友典を除いた三人ががくっ、とこけた。
「あーもう、いいよ!冷めるだろ!」
英晴は皆を促して席につけた。少年の分が不足なので川本さんに頼んで持ってきてもらう。
「積もる話はこれを片付けてからにしよう!」
……何と言うか……どうも、事態の割に深刻な雰囲気になれない連中であった。
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