「三人一度に、ってのはやっぱ、ちょっと無茶だったよな……まさか自分が避けられなくなるとまでは思わなかったけど」
 一階に降りて川本さんが入れてくれた紅茶をすすりながら、英晴が少々不満げに言う。彼は怪我をさせずに三人全員を黙らせようとして当て身のタイミングを計っていたのだが、うっかり自分自身が三人の倒れ込んだ真ん中から逃げ遅れたのが悔しかったらしい。
「うちのぼっちゃまは、眠いと機嫌が悪くなられますし、一度頭に血が上るとなかなか冷めない方でございますからねぇ」
 にこやかに、川本さんは言った。仮にも主人が客によって失神させられたというのにずいぶん鷹揚な態度である。
「たまに、あまり眠られない日が続いてああなられると、会社の方から警備員が出動する騒ぎになりましてねえ」
「……」
 ……英晴と由乃は納得した。
 普段は結城コーポレーション本社の警備員まで出して、似たような方法で友典を止めているらしい。
(……怖い屋敷だなー……)
 友典って……実は、不憫な奴なのかもしれない。
 英晴は、今は気を失ったままで一階南端の自室に寝かされている親友に少し同情した。ちなみに秋と一粋も、二階の客室にそれぞれ寝かされている。
「けどあいつ、自分が眠いから機嫌が悪いって自覚がないからなー」
「ええ、そうなんですよねえ」
「……でも、目が覚めたときに、怒らないんでしょうか?」
 やや遠慮がちな由乃の呟き。彼女は確かに付き合いこそ古いが、メンバーの誰とも互いの家に泊まるほどの近しい関係にあったわけではなかった。こんな場面に出会ったことがなかったのである。
「大丈夫。ほとんど覚えてないから。昔からああなんだよあいつ」
「大丈夫ですよ、慣れていらっしゃいますから。いつもこうですので」
 同時に聞こえた川本さんの返事に、英晴はさらに友典への同情を深めた。……まあ、同時に、警備員が出動するようなシステムが完成するほどの騒ぎをしょっちゅう起こす友典にも呆れるべきなのかもしれないのだが。
 紅茶を飲み終え、英晴は大きく伸びをして言った。
「……ああ、何か疲れたな。おれも寝室借りていいですか?」
「あ、できましたら、わたしも……」
 どうも瞼が重い。二人とも、妙に疲れていた。ついさっきまで寝ていたはずなのに。
「ええ。どうぞ、お好きなお部屋でお休みください」
 微笑みを含んだ声に見送られて二人は二階に上がり。
「……あ、さっきの子のこと忘れてました」
 由乃が、ようやく気がついた。
「さ、さっきの子?……って、誰のことだ?」
「ええ、その……さっきの音を立てた子なんですけれど……」
 本人に会ったほうが早いでしょうね、と言って由乃が先導し、二人は先ほど少年を発見した部屋に入った。少年を包む燐光は少し弱まっており、先程よりは普通の人間らしく見える。
「このとおりお休みなんですが、わたしたちが眠っている間に目が覚めないとも限りませんし……」
「……誰なんだ、こいつ?」
 まあ、まずはそっちを問題にするのが普通の反応であろう。
「……さあ……」
 少し間が空いて、由乃はそう返事をした。
「とりあえず、わたしが同じ部屋にいるということで、大丈夫でしょうか?」
「……危なくないのか?誰かわからないんだろ?」
 英晴の疑問はもっともなものである。だが由乃には確信があった。
 この子は、危険なものではない。絶対に。
 そして、もしかすると……『この事態の鍵を握る存在』でも、あるかもしれない。彼女の勘が、そう告げていた。
「ええ、大丈夫ですよ。わたしにはわかります。危険はありません。……わたしはこの部屋で休みますから、英晴さんもお早めにお休みくださいね」
 由乃が微笑んで頷くと、英晴は心配そうに何度も何度も振り返りながら部屋を出て行った。
 由乃はドアを閉めると少年をベッドに寝かせて、自分はソファに横たわった。

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