夢を、見始めていた。楽しい夢。
 自分を作り上げた人が、与えてくれた世界。
 手を伸ばしても届かない、そのことがあまりにもどかしい。
 あそこに行きたい。あの人たちのところに行きたい。触れてみたい、話してみたい。
 どうかぼくも、あの場所へ。
 ……強く念じた瞬間、突然視界が歪んだ。
 何もかもわからなくなりながら、彼はゆっくりと落ちていった。

      *      *      *

 突然、二階から何かが倒れるような音がした。話し合っていた――正確には、どこからも意見が出ずに沈黙していたのだが――六人は、一様にびくりと身体を震わせた。
「……何の音だ?」
 友典のその呟きに、間髪入れず川本さんが尋ねる。
「坊ちゃま、見てまいりましょうか?」
「いや、僕が行く……何かあったときに僕のほうが対処しやすい」
 状況が緊迫しているせいか仲間に話すのと同じ調子で言い、友典は英晴を見た。何も言わず英晴が立ち上がる。二人とも危険なことに対処するのは得意とするところだった。友典は護身術を、英晴は祖父から継いだ拳法を、それぞれ修めているのである。
「じゃあ僕らが見に行ってくるから……って、あれ?」
 英晴に一瞬遅れて、他の四人も立ち上がっていた。
「……危なかったらどうするんだよ!?」
「だぁって、自信あるんでしょ、二人とも。いいじゃない」
 英晴が非難するような声をあげたが、秋はさらりと躱した。
「たまには女の子を守ってみるのも一興かもよ。あたしも多少なら戦力になれるわけだし」
 ……因みに秋も、英晴の祖父の道場の門下生だった事がある。
「……」
 呆れたのか、疲れたのか、それきり英晴も友典も何も言わないで上階に上がっていった。四人がぞろぞろと続く。
「さっきの音だと……どの部屋になるのかな……」
 物音はさっきの一回だけで、今は静かなものなので探しにくい。おまけに、二階の廊下にはホテルの如くドアが並んでいるのである。
  「部屋数が多すぎるから、手分けして探そう。危険だった場合を考えると、そうだな……秋と藤四郎、英晴と一粋、由乃と僕あたりの組み合わせかな。手前の部屋から順に探してくれ」
 こういうとき、むやみに広い屋敷は却って不便である。各部屋に二人ずつが入って捜索を始め……友典と由乃にとって二番目の部屋、つまりトータル六つ目の部屋で、先程の物音の原因は見つかった。
 ドアをあけて部屋に踏み込んだ友典が、一瞬息を呑む。後ろから覗き込んだ由乃が、あら、と声をあげた。
「まあ、かわいい……」
 やや場違いな感想、といえるだろう。
 そこ――倒れたベッドサイド・テーブルの隣――に、正体不明の蒼白い燐光を纏った少年が横たわっていた。顔の造作だけを見れば確かに由乃が言った通り、幼いながらも整って美しい。だが、普通ならばそこよりもむしろその奇妙な燐光に目が向く――そんな少年。
「友典さん、皆さんを呼んできてください……あの子を驚かせないように、小声でお願いしますね」
 だが、由乃はそう言うなり、ためらう様子も見せず部屋の中に入っていった。止めそびれた友典は戸惑って声をあげる。
「よ、由乃……?」
「……大丈夫、この子は危険な『もの』ではありませんから」
 由乃は笑って、早く呼んで来てください、と目で促した。
 と、同時に。
「たっ、大変!藤四郎が、藤四郎が……」
 秋がかなり取り乱した様子で駆けてくる。
「……藤四郎が、どうしたんだ!?」
 まさか音の原因はこの部屋ではなかったのか――唇を噛んで友典が問うと、秋は意味もなく手をぶんぶんと振り回しながら叫んだ。
「……藤四郎が、消えちゃったよぉ!」
 友典邸はその一言で、大混乱に陥った。

      *      *      *

 深夜。常夜灯の明かりしかない薄暗い部屋。
「プロジェクト[STEB]……『Spectacular and True Entertainment Box(壮大かつ真に迫ったエンターテインメントの箱)』とか言ってたな。……英語、日本語、略、どれを取ってもあまりにも無理がありすぎる気がするが、まぁ仕方のないことなんだろうね。……そうだろ?」
 今しがたその薄暗い部屋に入ってきた銀縁眼鏡の男が、壁に据え付けられた巨大な機械に向かって呟く。
「……もうすぐおまえの出番だ、〈オート・ハート〉」
 その機械は黒く塗装されていて、その上に桜の花びらを散らせたような装飾が施されていた。操作卓の右側に、[STEB‐AUTO HEART]と白い文字で銘が刻まれている。
 愛しげにその文字をなぞった後、彼はす、と踵を返して部屋を出て行った。

      *      *      *

 使用人一同まで動員しての懸命な捜索にもかかわらず、藤四郎は見つからなかった。ただ一枚、置手紙と思しきメモを残して、彼は忽然と邸内から消え失せてしまったのである。
 そこにはこう記されてあった。
『皆さん、このようなことに断りもなく巻きこんでしまいましたことを心からお詫びさせていただきます。しかしこれは僕たちの《計画プロジェクト》のために必要不可欠な過程プロセスなのです。危険なことにはならないよう配慮いたします。どうかもうしばらく、お付き合いください……
羽澄 藤四郎』

To be continued   


 NEXT:POST SCRIPT−02
 STEB ROOM
 NOVEL ROOM



[PR]動画