ようやく居間に落ち着いた空気が流れ始めた頃、友典は話し始めた。
「……さて、というわけで本題に入ろうか。一応皆に確認しておくけど、今日は『二〇〇一年四月二十九日』だと思ってるね?」
その言葉に、五つの真剣な顔が頷いた。
「最初に電話もらったときは何の事かわからなかったんですけど、ニュースでは『二〇〇二年』って言ってるんですね」
 藤四郎が思い出すように宙に目をやり、不思議そうに呟く。
「ぼくたちが認識してる時間は、明らかに『二〇〇一年』なのに……」
「そう、問題はそこにあるんだ。どうやら、このおかしな時間のずれを感じているのは、あの時……僕らにとっては『昨日』……ここに集まったこの六人だけ、ということらしい」
 全員の表情に緊張が走った。
「試してみた人もいると思うけど、それ以外の人間に聞いてみると必ず二〇〇二年という返事が返ってくる。例えば……」
 友典は再び川本さんを呼ぶ。彼女はまた同じ場所から顔を見せた。
「何でしょう?」
「今日は何年何月何日ですか?」
「坊ちゃま、今日二回目ですよ、その質問は……。二〇〇二年、四月二十九日の月曜日です」
 訝しがりながらも答えてくれる。……六人は改めて顔を見合わせた。
「うーん……おれもやってみたからわかっちゃいたけど、こうはっきり、面と向かって言われてみると何だかすごく変な感じなんだよな」
 英晴が少し顔をしかめて言った。
「まあ、正直あまりぞっとしない場面であることは否定できないね。……こういうわけだ。何か理由を思いつくかい?」
 友典が皆に問う。
「タイムスリップ〜」
 秋が、はーい、と手を上げて言った。
「それは全然理由の説明にはなってないって。……けど、ずっと寝てたってことはさすがにないよな」
 英晴がやや気まずそうに言う。一瞬そう誤解した身だからかも知れない。
「『三年寝太郎』じゃないんだから。それに、人間が普通の状態で、栄養補給も何もなしで一年眠っていることなんてできないよ」
 至ってまっとうな意見だった。藤四郎が頷き、顎に手を当てて呟く。
「ですよねえ……誰かの悪戯、とか……それもないですかね」
「こんな手の込んだ悪戯を誰がするんやっ!」
 一粋の突っ込みはもっともである。
「ドッキリテレビの人だったらやりそうですね」
 由乃がふっと言う。すると友典は何かを思い出したらしく、渋面になった。
「……そういえば、こういうややこしい悪戯をやってもおかしくない人間の心当たりがあるな……」
「え?誰、誰?」
 友典は秋の言葉に、「思い出したくない」とでも言うように頭をひとしきり振ってから、渋面で答えた。
「……結城秀一……僕たち兄弟の、長兄だよ」
「あ、あの兄さんか」
 心なしか英晴も引いている。
「……しかし外面は繕う兄だから、赤の他人を巻き込んでまではやらないはずだ。大体ニュースの日付まで変えるのは、不可能とはいわないまでも金がかかりすぎるし、それ以前にまず一般市民の迷惑になる。……テレビに映る番組は正常だ、別に結城の社員を動員した訳じゃないだろう……少なくとも見たところは、いつものニュースキャスターだった訳だし……」
 ぶつぶつと、呟くように友典は言う。説明と言うよりは自分自身を納得させようとしているような感じだ。
「……そ、そうだろう英晴?まさかあの兄の悪戯にまた引っかかったなんてことはない筈だろう?」
 何だか知らないが、相当嫌がっている様子である。
「……それはない、と信じたいよな。わかるわかる」
 うんうん、と頷いて英晴は友典の肩を叩いた。友典が座っていれば、彼でもちゃんと肩を叩ける。
「……というわけでその可能性は考えないことにして、……他に何か意見がある奴は?」
 一粋が手を上げた。何だか小学校の授業風景みたいである。
「なぁ、最初の前提についてなんやけど、俺たち六人以外の……もっと離れたところの人間が、このことに気づいてるっちゅう可能性はないんか?」
「外部の人間、ね。……一応、関係なさそうな知り合いにも電話はしてみたんだが、繋がらなかったり知らなかったり色々だよ。少なくとも知ってる人はいなかったけど」
 駄目か、と一粋が息をつく。由乃がきょとんと首を傾げた。
「その電話の相手の方……本当に、ご本人であるかどうか確かめられましたか?」
 由乃の一言に、全員が目を剥いた。
「な、何言うんだよ、由乃」
「そうよ、何を根拠にそんなとこから疑わなきゃ……」
 問われて由乃は一瞬きょとんとし、やがて納得したように頷いた。しばし逡巡した後で、彼女は「ちょっと、説明が要るんですけど」と言ってから話を切り出した。
「――あの、皆さんにもまだ、言ったことがなかったんですが……わたしは神社の娘で、小さい頃から変わったものが視えたり、不思議な力が使えたりするんです。昨日の犬――月藻さんというのですが、彼もその力を使って『しまって』あったんですけど……」
 突拍子もない一言に、他の五人の目が一層丸くなる。その中で一粋と藤四郎だけが、由乃の瞳の奥に微かな不安がよぎるのを見逃さなかった。
どこか縋るような瞳をしながら、しかし表面上は平静なように、彼女は言葉を続ける。
「それで――それを信じてくださったと言う前提で言いますが、その感覚は、ここはわたしたちが来た事のない場所だって告げているんです。だから、その方たちも本当に知人の方だったかどうかは判らない、と思ったんですよ。別に、根拠もなく言ってる事じゃないんです」
「……」
他の五人が黙っている中、由乃の目の中の不安は少しずつ増していく。耐えかねて藤四郎が口を開こうとしたが、
「あの――」
「へー。由乃って勉強もできるけど、それだけじゃなかったんだな。すごいじゃん」
 途端に英晴に遮られて、口をぱくぱくさせる羽目になった。
「……え、ええ、まあ。別に勉強、そんなにはできませんけどね?」
 英晴の唐突かつ無邪気な一言に戸惑ったかのように、由乃は一言一言を区切りながら言う。
「うーん。……そっかぁ、由乃ちゃんにはそんな特技があったんだ。あたしも何か特別に目立つ長所を持ちたいなぁ。変わったところが特にないからさぁ、あたし」
 だが彼女のその戸惑いなど気にも掛けず英晴に同意する秋の声に、一粋と藤四郎、そして友典はいささか気が抜けたように顔を見合わせた。目を丸くしたお互いの顔の間抜けさに吹き出す。
「……はっはっは、そやな、そういうもんやったな!」
 大声で笑い始める一粋と、くすくす笑いをかみ殺す友典。藤四郎は何も言わず、ただ微笑んでいるだけだった。友典が言う。
「――そういうことだね。由乃、心配要らないよ」
「――」
 由乃は一瞬何も答えられずに呆ける。やがて、
「ありがとう……ございます……」
 そういって、ふわりと笑んだ。
 向こうの方で、秋と英晴が「何の話?」という顔をしている。どうやら本気で、判っていないようだった。
 付き合いの古い彼らに対してでさえ、そのことを口にするのに由乃がどれだけ躊躇したか、その瞬間を彼女がどれだけ恐れていたか、そして同時に期待もしていたか――全員が全員気づかなかったわけではないが、秋や英晴に至ってはまるっきり、欠片も伝わっていないようだった。だがそれでもまったく普通に、受け入れてくれる。
 ほんとうにありがたい、と、由乃は思った。
 友典が場を仕切り直す。
「――さて、まあそれはいいとして。由乃の感覚には、この場所は普通とは違って感じられるんだな?」
「ええ。……普段だったら、こうしていても何かしらの幽霊さんなんかが見えるものなんですけど、それが誰も見えないんです。それに、全体的に霊気が濃く感じられるんですよ。こういう場所は初めてです……どういうことなのかは、よくわかりませんけれど……」
 新たな情報は提供されたものの、状況は全く明らかにならない。話し合いは、そこで膠着状態に陥った。

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