「……おや?」
(明かりが点いている……?)
 結城コーポレーション本社内、きれいに清掃された廊下を歩いていた結城秀一――友典たち兄弟の長兄――は、ふとある一部屋を見咎めた。
 よく似た二つのドアが並んでいる。右の一つは機械室として基本的に立入禁止。左の部屋には隣室の機械の一部が壁を越えて入り込んでいて、現在はその機械のコントロール・ルームとして使われている。彼が見咎めたのは左の部屋の方だった。
 訝しく思ってその部屋に入ってみる。明かりが点いていたのは気のせいではなかったが、もう部屋の中には誰もいなかった。
 この機械の研究は、二月ほど前に打ち切られている。量産ラインに乗せようがないこと、小型化が困難なこと、そして何より、今現在の社会的風潮――全ての少年犯罪の増加の原因を、安易にゲームに求める風潮――を考えればそう軽々しく発表できないこと、などがその主な理由だ。だから立入禁止などになってはいないこの部屋だって、人が訪れたとも考えにくい。
(……特にぼうっとしていたつもりはなかったが、気のせいか?)
 彼は軽く左右に首を振って、部屋を出ようとした。と――ふと見覚えのない部品に目を留め、屈み込んでしげしげと観察する。
(……これは……中継器、だな)
 もともと機械の一部であったように巧妙にカムフラージュされてはいたが、彼自身この機械には少々思い入れがあったので、見間違える可能性はない。これはここにはなかった部品だ。恐らくはどこか遠隔地と、この機械を繋ぐ為の中継器。
(……ということは、あいつがとうとう、あの実験を……)
 す、と顔を伏せ、彼はゆっくりと立ち上がった。上品な銀縁の眼鏡が、廊下からの光を受けてきらりと光る。
 にやり、と口元を歪めて、彼は再び廊下に歩み出した。

 その瞬間、まるで時が止まったように、全員が静止した。
「……取るわよ」
 最後の一個のボールを残すのみとなったバランス・ゲーム。秋がそっと、もどかしいほど慎重に手を伸ばす。
 全員、息詰まるような緊張を味わっている。心臓の鼓動が耳元で聞こえるみたいだ、と藤四郎は思った。
 秋の指がボールを摘んだ。
 ごくり、と彼女を除く全員が唾を飲み込み、秋は手を伸ばしたときに二倍する慎重さで手をそっと引いた。
 空っぽになった縦向きムカデは、倒れなかった。
「おー!」
 一粋が、偉業を成し遂げた秋に対して歓声と拍手を贈る。
「すごいじゃん秋っ!」
 先程彼女ともめていた英晴も、彼女に惜しみない賛辞を送った。
「できるものなんだな。全部取り終えるなんて」
 友典が感心して言うのに応えて、由乃が微笑む。
「スリルがありましたね。はらはらしました」
「あー……神経擦り切れそうや……」
 一粋は息も絶え絶えといった表情でソファーにもたれている。その様子に「今何時だったかな」と思い、友典は時間を見た。
 二〇〇一年四月二十九日、午前三時。
「……もうだいぶ遅いな。今日のところはこの辺りで終わりにしないか、みんな」
 友典の提案に、今の緊張に晒されて疲れきった一同はそれぞれ頷く。
「部屋はさっき言った通り……不便なことがあったら、僕の部屋に電話してくれ。電話番号は部屋にあるから」
 ホテルみたいな家である。が、そうでもしなければ到底サービスが行き渡らないくらいの広い屋敷であるというのも事実であった。
「……じゃ、解散」
 彼らは各自の部屋に移動していき、居間の明かりが消された。

(――皆はもう、寝付いただろうか)
 一人だけ、ベッドに入ってすらいなかったかれは、既に消灯して暗くなった部屋の中で目を開けた。行動に支障がない程度に目が闇に慣れるのを待ち、かねてより準備の機材を広げる。
(……うまく行ったな)
 あとは自分が、皆を起こさないようにこの装置を準備できるかどうかだけだ。
 かれは足音をひそめ、機材を持って廊下に出た。

      *      *      *

 ……顔に当たる朝日がまぶしい。高森英晴は自宅のベッドの上で・・・・・・・・・(傍点です)、使い慣れた布団を頭から被りなおした。
「あと、五分……」
 そんなことを呟いても、聞く者など誰もいない。それでも英晴は、きっかり五分後にばさりと布団を跳ね除けて起き上がった。
「……んー?」
 ……なんかおかしいな。
 はじめに感じたのは、そんな軽い違和感に過ぎなかった。
 いまだ半ば眠ったままの頭で、室内を見渡す。見覚えのある、近所の店の日めくりカレンダー……確かにそれは見覚えのあるものだったが、何故か、そこには。
「……はぁ?」
(何で……最初と最後に、二があるんだ?)
 そのカレンダーの、年号の書かれた部分――そこには、はっきりと『二〇〇二年四月二十九日』の文字が記されていたのであった。
    

To be continued   


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