辛うじて、鉄板の上のものがどうしようもなくなる前に彼らは庭に着いた。英晴が気づいた『いい匂い』のもとは、火勢を調節せず、ひっくり返しもしなかったせいで一部分だけこんがり焼けたとうもろこしである。
「もういいじゃん、頭数揃ったし、足りないものは後ででも取りに行こうぜ」
 待ちきれない、と顔に書いてあるような英晴のその言葉に、友典は皆を見渡し、
「……ということでいいね?」
 確認を取った。一同がそれぞれの表情で頷く。
「じゃ、適当にどうぞ」
 ……かくして、彼らの黄金週間は始まったのである。

 飲み食いしつつさまざまな話に花を咲かせている間にいつのまにか夕刻となり、一同は室内に移った。
「……さて、誰か何か用意してきたかい?」
「ええとね、あたしは花札とトランプと人生ゲーム」
 秋がいそいそと荷物から大小さまざまの箱を取り出してくる。
「……悪い、うちは何にもなかった。親いないし、一人だと使わないからさ」
 英晴は、何となく情けなさそうに言った。友典が頷く。
「それはしょうがないさ。現に僕だって、実家の物置から引っ張り出してきたんだ。……モノポリーとかしかなくってね、ルールはわかるかな?」
「はあ?モノポリー?……なんか外国のゲームやなかった?」
「そうなの?……さすが結城家、レベルが高い……」
 一粋と秋がそれぞれに声を漏らす。
「おれは一応、親元に行ってるときにやったことあるけど、みんな知らなさそうだよな。……それにしても友典、おまえんとこの会社にはゲーム部門とかもあっただろ。それでその程度なのか?」
 英晴が茶化す。友典は両手を軽く上にあげて、「お手上げ」といった表情をした。こういった少々気障な仕草が妙に似合う辺り、彼も日本人離れしている。
「僕がそういうことに興味がないのはわかってるんだろ、英晴。僕は手先の作業より身体を動かす方が好きなんだ。……まあそういうものが好きにならなかった最大の理由は、まともに付き合ってくれる人間がいなかったってことだけどね」
 だから、今みたいな状況でやる分には嫌いじゃないよ、と、友典はさりげなくフォローした。案外、そつがない。
「……すまん、俺も何もなかったわ。今の家に引っ越してくるときにみんな捨ててきてしもて……その後買うてへんかったから」
 申し訳なさそうに一粋が言う。だいじょーぶだいじょーぶ、と軽い調子で秋が彼の背中を叩いた。
「ああ、ぼくも実は、そういうのはちょっと……かなり前から一人暮らしなんで、家にはありませんでしたね。ひっくり返したら、パズルの類は出てきましたけど」
 こんなのしかないんですけど、いいですか、と呟いて藤四郎が出してきたのは、昔懐かしいルービックキューブだった。
「うわー、そや、確かこんなんあったわ昔」
 妙に嬉しげに一粋が手を伸ばす。
「他に、もうちょっと現代に近づいたのとか……あ、そうだ。バランスとるゲームはありましたよ……なんて言いましたっけああいうの」
 藤四郎が続いて出した縦長の箱には、ムカデを直立させたような外見の道具と、その突起――ムカデで言うならば『足』――にいくつものボールが載っている写真が印刷されていた。
「あ、それいいなあ。大人数向きだし。ね、とりあえずこれやらない?」
 秋がうきうきと言う。いかにも嬉しそうなその顔に、一同は笑って頷いた。

 その時、その薄暗い部屋では、静かな機械音が響いていた。
 ちょっと体格のいい大人が一人入ったらもう他には誰も入れないだろうというような、狭い空間――否、それは恐らく、部屋中に設置された巨大な機械装置の隙間なのだろう。普段は人など滅多に入らないその中に、今夜は一人の青年がいた。
 明るい灰色の機体の各部から僅かずつ放たれる淡い光しかない空間で、漂白された白衣が目立つ。真剣な表情で機械をいじる彼の額には玉の汗が浮いていた。ばさばさの黒髪を右手でかきあげて立ち上がる。
「……ふう、やれやれ」
 妙に年寄りじみた口調で呟いて、彼はその機械に取り付けられたディスプレイを覗き込んだ。
「……最終メンテナンス、大体終了だ。あとは『本人』の様子を見るだけだな……」
 彼は目にもとまらないような速度で付近に取り付けられていたキーボードを操作し、幾つかの作業を行った。ややあって、いかにも満足そうに笑う。
「よし、万全だ。……これで失敗したら俺は、辞職してもいいくらいだね」
 いまや壁面と化している機械の表面に刻まれたこの装置のネーム――[STEB‐SOUL]の文字を軽く撫でながら彼は呟く。
「……俺にできることは全部やった。成功させろよ、志津馬……」
 そして彼はドアを開けて歩み去る。これから出張の予定もあることだし、なるべく早く――本人の思惑としては『事が露見しないうちに』――準備をせねばならなかった。
 
 ゲームを始めて三時間。
「あっ、あっ、やばいやばいやばい、倒れるっ……っはー、何とか持ちこたえたぁ」
 秋が大げさすぎるくらいの動作で、平均的な大きさの胸をなでおろす。びしっ、と彼女の次にボールを取る予定の英晴を指差した。
「さあ英晴っ!あんたの番よっ!」
「言われなくてもわかってるって!取りゃあいいんだろ取りゃあ!」
 応えた口調はかなり興奮した様子だったが、動作にはそこから予想されるような粗暴さは全くなかった。慎重に伸ばした手がそっとボールの一つを取る。
「ほら、取ったぜ」
「むー、いいかげん倒れると思ったのにぃ」
「おーい、なんか失礼じゃないか?」
 英晴と秋が半ばふざけて口論している間に、由乃がまるで平らなテーブルの上に置かれたビー玉を摘み取るのと同じような調子で次のボールを取っていた。この三時間、何度も同じゲームを繰り返しているが、彼女は一切負けなし、おまけに先ほどの秋のように、危なっかしい状態を経験したことすらない。意外な強さである。
「次は僕か……ううん、これはどこを取れば一番いいんだろうな」
 大真面目に考え込んでいる友典。
「おー、ええで、もっとやれやれー」
 何を考えたか秋と英晴の軽い口喧嘩を煽っている一粋。
「……次に回ってきたら、安全に取れる自信、ありませんねぇ……」 
        難しい顔をして唸る藤四郎。
 かくて六人全員が時を忘れたまま、夜は更けて行くのであった。

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