「――よし」
 同じ頃十六階の自室で、秀一はようやく対策を決めた。
「秋さん、でいいんだったね。もうすぐ友典たちがここにやってくる。すでにビルには入り込んでいるから、本当に間もなくのことだ」
「……そう」
 秋の返事はなぜだか、暗い。
「話、あまり十分に聞けなかったわね」
「僕が知っていることのかなりの部分は、由乃さんから聞けるんじゃないかと思う。彼女も優秀な後ろ盾を手に入れたからね」
「うん。……ありがと」
 柄にもない、と思っているが、どこか暗くならざるを得なかった。
「ねえ?……あなたはこの、奏流の夢の中の人間なんでしょ?」
「ああ」
 簡潔な返事の、その返って来た場所は予想しないほど遠かった。ふと見ると秀一が窓側の壁際で何やら作業をしている。
「……何それ」
「秘密兵器だよ」
 何だかえらく手際がいいのが気になる。
「……あ、そう」
「……できる限りの事はしたい、という気になったんだ。同じ思いを抱えていることもわかったしね」
 少々危険な手段だが、不可能ではない。恐らく、奏流が防ぎ切る・・・・
「――ねえ、だからさ。……ええとね」
「何だい?」
 秋ははっきりしない言葉を繰り返している。困り果てているようだ。
「だからさ、その……夢が終わったら、いなくなるのよね」
「ああ。……もっとも、多分僕はそれ以前に消されるんだろうけどね」
 思わぬ返事に秋の目が大きく見開かれた。
「何で!?どうしてそんな……!?」
 しかしその取り乱しようとは逆に、秀一はひどく冷静だった。
「不要になるからだよ。もはや羽澄氏はこの夢を終わらせることしか考えていない。そうなってしまうと、もう僕は邪魔者でしかないんだ。自分自身にも行動が読めないプログラムなんて駒にも使えない」
「大変じゃない!何でそんな落ちついてんのよ!」
 その瞬間。
 さすがに秋は一瞬絶句し、戦慄した。
 にやり、と秀一が凄絶に笑ったのだ。一種「妖艶」という言葉すら当てはまるような、何とも凄まじい笑みだった。
「――誰が創造者の思い通りになどなるものか・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「――――――」
 言葉が出てこない。しばらく口をぱくぱくさせて困っていた秋は、
「……そうね、それでこそ、友典が怖がるお兄さんだわね」
 ようやく、にやっと笑みを返した。
 
 友典は懸命に階段を登っていた。こういうとき広い建物は嫌だ。どこまで行っても着かないような気さえしてくる。
「……あの、友典さん」
「ん?……なんだい由乃?」
「こんなに長い階段上らなくても、エレベーターがどこかにあるんじゃないかと思うんですけど」
「――あ……」
 ……馬鹿と言われてもしかたがない。
「……いや、覚えのある位置になかったから……」
 秀一だって、いくらそっくりに作ってもカムフラージュくらいはするだろう。だから、会社とは違うんだと覚悟を決めなければならなかったのではないだろうか。
「……ああもう、何で誰もさっさと突っ込まないんだ!」
「あんまり迷いがなかったから、よもや忘れてるとは思わんかったわ」
 それもそうである。
 まともにこのビル――といっても、本来のほう――に入ったことがあるのは友典一人なのだし。
「……次の階で探そう」
「了解や」
「了解、了解ぃ〜」
 一粋の言葉を鸚鵡おうむ返しに繰り返して奏流が笑った。

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