みけさん。

 パソコンの液晶ディスプレイを親の敵のように睨みつけていたら、にゃぁ、と背後から鳴き声が聞こえた。
「……あぁはいはい、何? ごはん? それとも外出たいの?」
 振り向きながら問うと、玄関の方でかりかり音がする。どうやらドアを引っかいてるみたいだ。
「判った判った。今開けるから」
 念のため足元に気をつけながら玄関まで行き、ドアノブを回すと、タマさんがすり抜けて行く気配がした。
「ハナさんはー? 外、出ない?」
 室内のどこともなしに声を投げかける。にゃ、と短い声が応えるけれど、動く様子はないようだ。
 私はドアを閉め、一応鍵も掛けて、書きかけのレポートに戻った。タマさんは賢い子だから、鍵が掛かってると判ったら戻ったときに何か合図をするだろう。
 それにしても、と私は思う。何だってこんな事態になっちゃったのか。元々私は猫があまり好きではなかったのに、いまや手元に猫二匹。タマさんもハナさんも壁も引っかかないし粗相もしないけど、それでもやっぱり嫌いな人が来たら気づくだろうこの猫の匂い。余程のことがないと二匹の猫たちがどこにいるか判らないから、うっかり椅子にも座れやしない。
 椅子の上を軽く手で払ってから、私は座り直した。そこでふと前を見ると、レポート書き途中のパソコンの画面に、凄まじい勢いで無意味な文字列が並んでいく。って、何か時々消えてる……ん、バックスペース? ……え、待ってよそれメモ帳じゃん! しかもまだ一度も保存してないよ!
「あああああハナさんちょっとそこどいてっ」
 私は慌ててキーボード上のハナさんを放り出し、かなり大量に付け加えられたり消されたりしてる文字列の、不要な部分だけを慎重に選択して消す。
 ……でも手遅れだったみたいで、残された文字列の中には、一番手間を掛けた主張が含まれてなかった。でもこれは……流石のハナさんも、これで怒ってもわかってくれないだろう。私は溜め息をついて、とりあえず無事な部分を確保した。
「……全くもう」
 世の中には猫にキーボードを歩かせてブログの記事にしてる人もいるというけど、私にそういう趣味はないのだ。
 と、そのとき電話が鳴った。着信番号は、幼馴染みで腐れ縁な小野牧彦。
「はいもしもし、仲本ですけど」
「沙希ちゃーん。みんなにレポート台無しにされたああ」
 ……。
 どこの猫もやることはいっしょか……。というか、血の繋がりの所為かな、似てくるのは。
「……悪いけど、私も右に同じよ。諦めて書き直しなさい」
「だって何だかみんな揃って邪魔して来るんだよお……」
「あのねえ、元はといえばあんたから始まった話でしょ! いいからあたしに時間をちょうだい、提出期限今日の五時だってのっ!」
「……。ごめん、健闘を祈る」
 電話は切れた。
 私は椅子の上を払ってから席につき、改めて必死でレポートに立ち向かった。現在午後三時半、移動時間を差し引けば、残り一時間。
 さあ、勝負だ先生。

    *   *   *

 事の起こりはいつだったかと思い起こせば、あれは多分、去年の十月。
 私のバイト先だったファミリーレストランに、幼馴染みの小野牧彦がやってきた日のことだった。ファミレスで会って話したわけだから、確実にシフトが入ってる水曜日の昼だと思う。
 牧彦は昔からちょっと楽天的過ぎる奴で、突拍子もない悪戯をしては先生に怒られ、何故か一緒に巻き込まれた私も怒られ……という関係だから、私は奴を腐れ縁と主張することには全然躊躇わない。でも、多少嫌がったところで切れたりはしないのが腐れ縁ってものな訳で……流石に大学が分かれてからは毎日のように会うわけではなくなったけど、まあ私がバイトに入ってる水曜日は確実に、牧彦はファミレスにやってきていた。
「こんにちは沙希さん。ミルクティーとマロンケーキお願いね」
「かしこまりました、ミルクティーお一つとマロンケーキお一つですね」
 あの日も多分、私はそんな風に、とても事務的に応えたはずだ。ミルクティーとマロンケーキは牧彦がいつも頼むものだから聞かなくても判るし。でも、いつもはそのそっけなさを見て残念そうに引き下がるはずの牧彦が、その日ばかりは劇的な行動に出た。私の手を取ってぐいっと引き寄せたのだ。そして囁いた。
「沙希ちゃん。今日是非うちに来て。凄く珍しいもの手に入れたんだ」
 ……まあ、その言葉を耳が受け取って理解するより早く、私は手を振り払って飛び退っていた訳だけども。
「ちょっ……あんた何を、…………いや、お客様、止めてください。何のおつもりですか」
 叫びそうになり、ぎりぎりで接客口調に切り替えて私は言った。このときの話をすると友達みんなに冷たいと言われるんだけど、むしろ私は誉めて欲しい。当時私たちは完全なる腐れ縁であって「そういう」対象じゃなかったし……。
「……。ごめん」
 項垂れて謝った牧彦は、それでもすぐ顔をあげて言った。
「……でもお願い、必ず来て。沙希ちゃん以外の人じゃ信じてくれない気がするんだ」
「……。まあいいわ、考えとく。後で電話するから、仕事中は話し掛けないで」
 こういうとき何となく断れない、というのが幼馴染みのやりにくいとこだと思う。何か頼まれて、断ろうとするたびに泣きそうになってた牧彦が思わず脳裏に浮かんでしまうのだ。
「判った。電話待ってる」
 ……そして当然ながら、その声に混じった安堵と一応の好意を聞き取ったその瞬間にはまだ、凄く珍しいものとやらが何なのか私は全く悟れてはいなかった。

 というわけで数時間後、私は牧彦の部屋のドアの前に立っていた。ここは一見小奇麗なアパートで、築年数もそんなに経ってはいないのだけど、実は設計ミスが山ほどあって、体格によってはうっかりドアを開けただけで身動き取れなくなるという奇怪な建物だ。だから家賃は思いのほか安い。牧彦当人に曰く、この部屋に住み始めて以来何だか身のこなしが鋭くなった、だそうだ……正直、そんなところに住む人の気が知れないけど。
 ドアホンのボタンを押す。ピンポーン、と音が鳴る。
「はーい。入っていいよー」
 言われて私はドアを開け、室内に一歩足を踏み入れた。とその瞬間、
「わ……っ!?」
 玄関横の靴箱の上、色ガラスの重そうな花瓶が、手も触れないのにいきなり落ちた。花瓶は割れてなかったし、中身は埃だらけのドライフラワーだったので水もこぼれなかったけど、私はびっくりして呆然と足元を見つめるしかなかった。
「……ん、どうかした?」
 と、水の流れる音がし、目の前のトイレのドアが開いて牧彦が姿を見せた。……こういう対処に困りそうな無防備さは昔からだから気にはしないけど、しかしお互いまるで意識してないなぁ、とはちょっと思う。いや、いいんだけどね。
 牧彦は私の視線を辿り、落ちた花瓶に行き着いた。
「あ、何か音がしたなと思ったら。割れてないみたいだね、良かった」
 ……動じてない。
 不思議に思うと、牧彦は花瓶を拾って元に戻しながら呟いた。
「おかしいな、結構大人しい子なのに……」
「……?」
 意味が取れない。私はまだ開いてるトイレのドアの向こうを眺め、そこに奇妙なものを発見した。
 猫用トイレ……。
 ここは確かペット禁止のはずだ。昔、牧彦が捨て犬を拾った時、すぐ保健所に連れてくと言いながらなかなか手放さなくて、大家さんにえらく怒られてたような気がするし。
「……あ、そうだ沙希さん、そう言えば聞いとくの忘れたけど」
「……え?何?」
「沙希さんって動物には好かれるタイプ? 嫌われるタイプ?」
「……何それ――」
 どういう意味?
 聞こうとした途端、計ったようなタイミングで靴箱の上の方のブレーカーボックスが揺れ、何かが私の顔に降ってきた。
「ひィええええええっ!?」
 何だこれあったかい!しかも絶対顔に張り付いてるのに向こうが見える!
「さっ、沙希さん!」
 とんでもない悲鳴を上げた私の肩に頭に顔に、何か軟らかくて弾力があって温かいものが次々と触れる。押し付けられて息が詰まり、硬いものがさっと顔を引っかいた。そのくせ天井は見える、はっきりと向こうが見えている。
 引き剥がそうと首を振り、後ろに下がろうとしてドアに寄りかかり、縋るものを探して思わずドアノブに体重をかけ、倒れ込みながら目の隅をよぎったのは――猫用トイレ。
 猫だ。私は直感的に悟った。
 見えないけれどこれは、猫なのだ。
 通路の天井が目に入る。猫は私の鼻を思いっきり踏んづけて、どこかへ飛び移っていった。
 がつんと衝撃が来て、私の目の前は真っ暗になった。

 ……意識を取り戻すと、寝かされていたベッドの傍らで牧彦が土下座していた。
「ごめんなさいもう本当ごめんなさい。これからちゃんとしつけますからどうか許してやってください沙希さん」
「……いやあの、ちょっと状況が……」
 身を起こして後頭部に手をやると、こぶが出来ていた。
「あああああ、ごめん本当。病院行くなら治療費は出すからあ。重傷だったら責任とるからあ」
 牧彦は私の頭を見て、半泣きの声をあげる。昔と全然変わらない泣きそうな顔だ。……何だか私が苛めてるみたいな気分になってしまう。
「いや、怒ってはいないんだけど……」
 というか、仮に私が重傷でもう死ぬとかだった場合、あんたは一体どう責任を取る気なんだ――という突っ込みも思い付いたけど、今それを言うと泣き出しそうなので自粛した。その代わり、ともかく状況を把握するために私は問う。
「……何だったの、あれ?」
「……ミケさん。おととい拾った」
 ……見えないのに三毛か。とりあえず私はそのネーミングセンスに感心する……というかあんた、実は何も考えてないでしょう。
「どこで拾ったの?」
「橋の下だよ」
「そのときってもしかして、姿は見えてたの?」
「ううん、鳴き声だけ」
 やっぱり何も考えず、猫っぽい名前を付けただけらしい。
「……なんで拾ったの?」
「だって捨て猫だよ! 哀れっぽい声で鳴いてるんだよ! 無視できる人は人間じゃない! ……それに、見えないからそう簡単には大家さんにも見つからないでしょ」
「……。なるほど」
 どうも、最後のが最大の理由のような気がする。多分捨て猫を見かけるたびに迷いに迷って、今回『見えなきゃバレまい』の一心で拾ってきてしまったんだろう。それくらいなら普通に見える猫を拾ってよ、という気もかなりするけど。
「……で、あれ?珍しいものって」
「そう。珍しいでしょ?」
 そりゃあ珍しい。珍しいけどね。
「あの子さぁ……どうか知らないけど、手放した方が良くない?」
「え? 何で」
 何で、も何も……と、私は頬に残った薄い引っかき痕を示した。ひりひりするけどそんなに深くはない。後で念のため消毒しておくことにしよう。
「だってね、人を襲うような猫飼ってちゃ駄目でしょう。しかも見えないから避けるのだって簡単じゃないわよ」
「え、だって、見えない猫だよ?飼う以外にどうしろっていうの」
「そりゃあ……」
 保健所。……駄目だ。見えない猫が他に大量発生してない限り、まず信じてはくれまい。
 犬猫限定動物園。……それ自体は確かにどっかにありそうだけど、やっぱり信じてくれないだろうし、大体展示したって見えないんじゃ駄目だよね。
 ならばいっそ、自力で始末するか。……さっきの暴れ具合からすると、それはかなり厳しそうだ。
「……拾わなきゃ良かったんじゃないの?」
「そんなの今更言ったって……って、ちょっと待った。僕は別に手放す気はないよ。ミケさんは大人しいいい子だよ?」
 ここまで話してきておいて一体どの口がそんなことを言うのよ、と私は流石にむっとした。
「今さっきその『大人しいいい子』に襲われた人間に、それを信じろと?」
 言うと、牧彦の表情が見る見るしぼんだ。……かわいそうだけど、ちょっと子供っぽくて可愛い。
「……。うう、ごめん本当に」
 牧彦のこういう姿は確かに同情を誘う。でもここで甘い顔をすると後が大変なのは、もはや経験論を通り越して厳然たる真実だ。
「いいけどね……いつか酷い目に遭うと思うよ。私暫くここには来ないから」
「…………ごめん」
 私は――本当はたいして怒ってはいなかったんだけど、そして襲われた以上ミケさんの存在を認めないわけにも行かなくて、ここまで冷たくする必要はなかったんだけど、でもこれは暫く距離を置いた方がいいと思ってそこを立ち去った。
因みに、頭のこぶは一応検査したけど、大きな問題はなかった。
 そして、私の台詞は、かなり予期しない形で現実になった。

 それは十二月半ばの、同じく水曜日だった。
 珍しく牧彦が来なかったな、と思いながらバイトを終えて帰宅しようとしたら、携帯電話に着信があった。番号表示は『公衆電話』。
 時間を置いて三回も掛かってきてたようで、だったらまた掛かってくるだろう、と思って暫く待っていたら案の定掛かってきた。
「はいもしもし、どなたですか?」
 一応相手を確認すると、安心したような牧彦の声が聞こえた。予想通りだ。
「あー沙希ちゃん、やっと出た。メッセージ入れられるようになってなかったから困ってたんだ」
「やっぱり、牧彦。で、何で今日はこなかったの?」
 どうせ寝過ごしたとかその辺だろう、と私は思った。でも、だったら公衆電話である理由がない……ちょうど気づいたタイミングで答えが返ってきた。
「あ、ごめんね。部屋に泥棒入っちゃって、殴られて頭打ってたから検査入院させられてたんだ。今、病院からかけてる」
「……は?」
 私は唖然とする。
「それでね、テレホンカードがもうないから、悪いんだけどこれから来てくれない?三崎記念病院なんだけど」
「え、うん、判った今から行く……」
「良かった。待ってるよー」
 ぷつっ、つーっ、つーっ、つーっ。
 とてもとても困惑する私の耳元で、いつも通りの音を立てて電話は切れた。

 その三十分ほど後、私は牧彦の病室に到着した。寝巻きを着て頭に湿布をされてはいるものの、牧彦はかなり元気そうだった。必要以上に大げさに説明されたんじゃないかと思ったが、それはないだろう。むしろ深刻なことを軽く語ってしまうのが牧彦の特徴だ。
「……大変だったんじゃないの?」
 壁に寄りかかり、ベッドに腰掛けた牧彦を見下ろしながら、私は訊いた。
「うん、でも僕は早々に殴られたらしくて意識もなかったし、怖い思いは全然してない。お金とかも取られてないしね」
「……え?」
 私は耳を疑った。部屋の唯一の住人が一撃であっさり気絶してるのに、泥棒がお金を取らずに逃げた……?
「お金とか取られてないって、……じゃあ泥棒は?」
「あ、捕まったって。というか、泥棒が一一〇番と一一九番に通報したみたい」
「……は?」
 何だそれ。
 疑問をこめて見つめると、牧彦は「あはは」と苦笑気味に笑った。
「何だかねぇ、真っ暗闇で獣に襲われたんだって。どう振り払っても何度も何度も襲われて傷だらけになって、慌てて逃げようとしたところで敷居とドアに引っかかって、必死で通路に出たところで手すりに頭を強打。額がぱっくり割れたんで慌てて一一九番通報した……ってことらしいよ?」
「……」
 それは……随分と不運な泥棒もいたものだ。
「まあ、あの部屋の構造、変だからねえ……」
「そうだよね。真っ暗闇であの部屋初めてなんだもんね、逃げらんないよ。しかもミケさん頑張ってくれたし」
「そうね。……でも、牧彦は気がつかなかったの?机にいたんでしょ、玄関なら横目で見れば見える位置じゃない」
「……それがね、実は、しょっちゅう物音がするのにはもうとっくに慣れっこだったから……全然疑わなくて、見てなかったんだ」
「……あー、やっぱり」
 これは……果たしてミケさんの『お陰』なのか、それともミケさんの『所為』なのか微妙なところみたいだ。
「……ま、私は同じくミケさんから襲撃受けた身の上だし。泥棒さんの無事を祈っとくわ」
「うーん、そう大怪我はしてないと思うけどね。あ、そうそう沙希さん――」
 牧彦の怪我が大事になってなくてよかった、と思いながら軽口を叩いたら、牧彦は突然とんでもないことを言い出した。
「僕まだ今日は帰れないみたいだから、ミケさんたちにご飯あげといてよ」
 この状況は普通、引く。と思う。
「……無理無理。泥棒さんの二の舞」
「大丈夫だって。沙希さんのことは覚えさせてあるし、もう警察も調べるの終わったみたいだから。ね、お願い。沙希さんの他に頼める人いないんだよ」
 私はどうも牧彦のその言葉に弱い、……というか、この状況じゃ確かにその通りだろう。
「……。私が怪我したら責任持ちなさいよ、もう」
 私は不承不承頷いた。

 頼まれた仕事を果たしに、私はアパートの階段を上がる。
 泥棒さんが頭をぶつけたと思しき手すりを横目に見て、キープアウトのテープの痕がちょっとだけ残るドアを開け、荒らされた部屋の中に入る。台所の棚からキャットフードの箱を取ると、軽い足音がいくつか近づいてきた。
 ……いくつか。
「……み、ミケさん?」
 思わず呟くと、にゃあ、と返事が二か所から上がった。
「……」
 ざらざらとキャットフードをお皿に空ける。何となく温かいような気がする空気の塊が、心なしか嬉しそうに駆け寄ってきた。不思議なことに、皿の中のキャットフードは虚空に消えていく。
 食べ終わった頃合いを見て恐る恐る手を伸ばすと、ミケさんは大人しく私の腕の中に抱かれた。
 触れたそのお腹には二列の張った乳房。
 ……そう言えば牧彦は、こう言っていた。『ミケさんたちにご飯あげといてよ』と。
 この二か月で増えてたのか。
 ていうか子供も見えないんだけど、父親は一体何者だ。
「…………これ、本気?」
 私は心底困りながら呻いた。
 部屋の隅、牧彦が脱ぎ残したらしいトレーナーの中から、小さな小さな猫の声がした。

 その子供たちはやがて牧彦によってハナ、タマ、シロ、クロ、ユキと名づけられ、名前に納得行きそうな方から二匹が、何故かボディーガードとしてうちにやってきた。いや、うちもペット禁止マンションなんだけど……何しろ猫の本体が見えないし、猫砂トイレとかは隠れるところに置いてるから、滅多なことではばれようがない。
 因みに、牧彦は「何だかよく判らんけど何か飼ってる」という微妙な理由で大家さんに追い出されたそうで、実家の離れでこっそり四匹を養いながら、ペットOKのマンションを数ヶ月にわたって探し続けていた。ようやく見つかったのは半年くらい前の話だ。
 そして、人に話しても判ってもらえなさ過ぎる秘密を共有してしまって以来、私と牧彦の仲は不本意ながらだいぶ親密になっている。

  *  *  *

「ふー……終わった……」
 私は椅子に寄りかかり、思い切り伸びをする。時間は午後四時十五分、今からプリントアウトして自転車漕いで、夕方五時には十分に間に合う。
 立ち上がって窓を開けた。その瞬間。
「……っ!」
 顔面目掛けて温かいものが飛び込んできた。掴まるものもなくて私はあえなく転倒し、その拍子に足が引っかかったパソコンの電源コードが、火花を散らしてすっぽ抜けた。
「ぎゃーっ!?」
 見えない猫の身体を通して、画面がブラックアウトするのが見える。ああ、プリントアウトして様子見ようと思って、最後のへんはまた保存してない……。
 外の寒さのあまり震えてるらしいタマさんを顔に載せたまま、私はもう、笑うしかなかった。

 最後に。
 教授に頼み込んで、単位だけはどうにかもらったことを追記しておく。




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